弁護士
本橋 光一郎
(1) 最高裁大法廷は、平成28年12月19日預貯金と遺産分割に関する重要な決定を下しました。
参考:http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/354/086354_hanrei.pdf
(2) 預貯金と遺産分割については、平成16年の最高裁判例等で、原則として、預貯金は、被相続人の死亡により、相続人らに、当然に分割されて、遺産分割の対象とはならないとされていました。しかし、上記最高裁大法廷は、それらの判例を変更して、預貯金も遺産分割の対象となると判断して、「原決定を破棄する。本件を大阪高等裁判所に差し戻す」と決定しました。
なお、本決定に関するより詳細な解説は、以下をご覧ください。
「預貯金は遺産分割の対象となる【最大決平成28年12月19日】」
上記の最高裁第一小法廷から大法廷へ回付された事件は、死亡した男性の遺族が男性の預金約3800万円について、別の遺族が受けた生前贈与などと合わせて遺産分割するよう求めた審判案件です。
一審の大阪家裁と二審の大阪高裁は、従前からの判例に従い「預金は相続によって当然に分割されるので遺産分割の対象外」として、遺産分割を認めませんでした。
そこで、死亡した男性の遺族が最高裁の判断を求めて、許可抗告の申立てをしていたものです。
もし、この預金が遺産分割の対象となるのであれば、別の遺族が受けた生前贈与などについて特別受益として取扱われる可能性があり、生前贈与を受けていない遺族にとっては、遺産分割に際して、預金の分配に関し有利な取扱いを受けることが考えられます(別の遺族が受けた生前贈与が大きな金額であった場合には、大きな生前贈与を受けた遺族に対しては、この預金の遺産分割としては、配分がなくなることもあり得ます)。
また、もしこの預金が(従前の判例どおりに)遺産分割の対象とならないとすれば、別の遺族が受けた生前贈与などを全く考慮することなく、それぞれの相続人(遺族)は金融機関に対してその法定相続分に基づいて各人が分割された預金債権の行使(払戻し等)をすることができることになります。
したがいまして、預金について遺産分割の対象となるのか、ならないのかということは、実際上の大きな差異を生じる重要な問題となるのです。
「相続財産中の可分債権は法律上当然に分割され、各共同相続人がその相続分に応じて権利を承継する。」(最判昭29.4.8、民集8-4-819)
判決全文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/093/056093_hanrei.pdfをご覧ください。
「相続財産中に可分債権があるときは、その債権は相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されて各共同相続人の分割単独債権となり、共有関係に立つものではないものと解される。」(最判平16.4.20、集民214-13)などの判例があります。そして、その「相続財産中の可分債権」の中に預金債権も当然に含まれているものとして取扱われているのが、判例・実務となっています。
判決全文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/575/062575_hanrei.pdfをご覧ください。
したがって、預金債権については、「相続開始(被相続人死亡)と同時に当然に相続分に応じて分割され、各共同相続人の分割単独債権となる」のであるから、遺産分割の手続を要しないものであって、そもそも遺産分割手続の対象とはならないこととされているのです。
ただし、家裁実務上は、当事者間で、預金債権についても遺産分割の対象とする合意がある場合には、預金債権についても遺産分割の対象とすることができるとの例外を認めています。
これは、預金を含めたうえで、当事者間で具体的な遺産分割を行なった方が、衡平妥当な解決を図れることが多い等の実際上の事柄をも配慮したものと考えられます。なお、理論上も、もともと可分債権であったとしても、当事者間の合意で、それを不可分債権と定めることとも許容されるということも指摘できます。
預金と遺産分割に関しては、上記昭和29年判決と平成16年判決が、基本判例といえるものであります。
しかるところ、預金と遺産分割に関連して、重要ないくつかの判例が存在していますので以下にご説明いたします。
①(旧)郵便局定額貯金
最平22.10.8判決
判決全文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/749/080749_hanrei.pdfをご覧ください。
「定額郵便貯金債権は、相続開始と同時に当然に分割されることなく、その最終的帰属は遺産分割手続によって決定される。」これは、(旧)郵便局定額貯金については、据置期間の定めがあることや、その据置期間中には分割払戻しをしないとの条件で預入れていること等の契約の特殊性を考慮しているものとされています。
② 投資信託、国債、株式
最平26.2.25判決
判決全文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/978/083978_hanrei.pdfをご覧ください。
「ア.委託者指図型投資信託の受益権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。
イ.個人向け国債は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。
ウ.株式は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。」
③ 金銭
最平4.4.10判決
「相続人は、遺産分割までの間は、相続開始時に存した金銭を相続財産として保管する他の相続人に対して、自己の相続分に相当する金銭の支払を求めることはできない。」
判決全文は、http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/639/062639_hanrei.pdfをご覧ください。
上記①②③の関連する判例からすると、預金に関する従前からの判例・実務については、率直なところ違和感を持たざるを得ません。
というのは、郵便局の定額貯金が不可分債権として遺産分割対象とされるのに、同じ郵便局の通常貯金や、期間がついているという意味では類似している銀行の定期預金は、可分債権で遺産分割の対象とならないというのは、比較して考慮すると不自然ではないか。
あるいは、投資信託、国債についても、実際上の金融の機能としては、預金に類似しているのに、遺産分割に際して、投資信託、国債は、不可分債権として遺産分割の対象とされ、預金が遺産分割の対象外とされて、全く違う扱いとなるのはどうなのか。
さらには、金銭が遺産分割対象なのに、預金が遺産分割の対象外というのも、世間一般の方にはわかりづらいという感がいたします。
最高裁大法廷は、「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に相続分に応じて分割されることはなく、遺産分割の対象となるものと解するのが相当である。」と判断しました。その理由としては、(1)「遺産分割においては被相続人の財産をできる限り幅広く対象とするのが望ましく、また、遺産分割手続を行なう実務上の観点からは、現金のように評価についての不確定要素が少なく、具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産を遺産分割の対象とすることに対する要請も広く存在する。…具体的な遺産分割の方法を定めるに当たっての調整に資する財産であるという点において…預貯金が現金に近いものとして想起される。」
(2)「普通預金債権及び通常貯金債権は共同相続人全員に帰属する…ところ、…上記各債権は口座において管理されており、預貯金契約上の地位を準共有する共同相続人が全員で預貯金契約を解約しない限り、同一性を保持しながら常にその残高が変動しうるものとして、存在し、各共同相続人に確定額の債権として分割されることはないと解される。」
(3)「定期貯金についても、…契約上その分割払戻しが制限されているものと解される。」などと判示しました。
(1) 家裁実務としては、従前、相続人の全員の同意があったときのみ、預貯金を遺産分割の対象とすることができたのですが、今後は、相続人の同意の有無にかかわらず、遺産分割の対象となることとなります。遺産分割の対象が広がることになりますので、相続人間の公平な分割のためには、選択肢が広がることは望ましいといえます。しかし、遺産が預貯金のみであって、相続人ら間に特別受益者がいないときなどは、従前なら、各相続人が法定相続分に応じて金融機関から払戻しを受ければ、相続が終了していた場合にも、今後は、遺産分割手続が必要となってしまうという弊害もでてきます。
(2) 銀行等の実務としては、預貯金が遺産分割対象となると、各相続人からの法定相続分に基づく払戻しについては、今後は、応じなくなることが予想されます。そうすると、遺産分割終了まで、預貯金が凍結されてしまうことが充分考えられます。
① 預貯金についても遺産分割の対象となることが、今回の決定で、はっきりしました。今後、銀行等も各相続人からの法定相続分による預貯金の払戻し請求には、応じないこととなる事態が想定できます。
② また、相続開始を知ったときから10か月という期間が相続税申告期限であり、かつ、相続税納期限ともなっています。実際上、10か月以内に遺産分割協議等ができていないと、相続税納税資金の手当てができず、相続税が納付できないというおそれもでてきます。前記6(2)の一部払戻しを認める家裁の仮処分を活用することも期待したいところです。
③ 預貯金について、早期の現金化を可能としたいのなら、遺言書の作成をしておいて、遺言執行として受け取ることとするか、あるいは、遺言代用信託の設定、生命保険契約の締結等の事前措置をしていて、実質的に現金を取得することとするかなどが今まで以上に必要なものとなってくることが考えられます。
平成29年4月6日、最高裁第一小法廷において、信用金庫における定期預金、定期積み金についても、「共同相続された定期預金債権及び定期積金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはないものというべきである。」との判決が示されました。
上記平成28年12月19日の決定では、定期預金と定期積金については判断がなされていませんでしたが、この判決により、定期預金や定期積金についても、普通預金などと同様に、当然分割とはならないことが、新たな判決によって確認されました。