ある相続人に財産を「相続させる」という遺言をしたが、その受取人とされた相続人の方が遺言者より先に死亡してしまった場合に、遺言の効力はどうなりますか。また、受取人である相続人の子は代襲相続することができますか(否定)

弁護士

本橋 光一郎

  • 1.はじめに

    遺言で、ある相続人に財産を相続させると記載することは、通常よくあります。
    もし、その受取人たる相続人が遺言者より先に死亡してしまった場合には、その遺言の効力はどうなりますか。
    また、その死亡した受取人たる相続人に子がいるときは、その子が代襲相続することができますか。

  • 2.受取人が第三者である場合

    受取人が相続人の1人ではなく第三者である場合には、相続ではなく、遺贈ということになります。
    遺贈については、民法994条1項という規定があり、「遺贈は遺言者の死亡以前に受遺者が死亡したときは、その効力を生じない」と明確に定められています。
    すなわち、その場合には、遺贈は効力を失いますし、受遺者が相続人ではない第三者の場合には、相続ではないのですから、代襲相続ということもありません。
    なお、民法995条但書により「遺言者がその遺言に別段の意思を表示したときは、その意思に従う」こととされています。

  • 3.受取人が相続人のうちの1人であった場合

    受取人が相続人のうちの1人であった場合には、遺贈ではなく、ある相続人に財産を「相続させる」といういわゆる「相続させる」遺言が行なわれるのが通常となっています。
    この「相続させる」遺言の場合については、大別して次の二つの考え方があります。

    第1説(民法994条1項準用説、代襲相続否定説)
    遺贈の場合と同様に、受取人がいなくなったので、遺言はその効力を生じない、したがって、受取人の子が代襲相続することもないとする考え方。

    第2説(代襲相続肯定説)
    遺贈とは異なり、「相続させる」遺言による相続は相続の効果が生じるものであるとして、その相続については、(遺言がない場合の)法定相続と同様に、受取人たる相続人が被相続人より先に死亡している場合には、受取人の子が代襲相続できるとするのが、相続人間の公平を図る相続制度に合致するとして、代襲相続を肯定する考え方。

  • 4.学説及び下級審判決

    学説としては、第1説(代襲相続否定説)が多数説であり、第2説(代襲相続肯定説)は少数説でありました。
    また、下級審判決としても、第1説(代襲相続否定説)をとるものが多かったところ、東京高裁平成18年6月29日判決が、第2説(代襲相続肯定説)をとり、注目されておりました。

    その平成18年東京高裁判決の事案は、ある不動産は子Aに相続させる、その他不動産は5等分し、その2を子B、その1宛をC、D、Eに、現預金は5等分し、B、C、D、Eに5分の1宛を相続させ、Bの夫たるB′にも5分の1を遺贈するという内容の遺言があり、相続人Cは、遺言者より先に死亡してしまい、Cには唯一の相続人としてC′がいるというケースでありました。そして、C′はCの代襲相続人となるかが問題となり、東京高裁は、「相続させる」遺言についても代襲相続を認めるのが法の趣旨に従うとして、C′の代襲相続を認めたうえ、被相続人の意思は、上記遺言書作成の後に作成していた自筆証書遺言(未完成)の記載からしても、C′に代襲相続を認めるというものであったと、判決理由中で述べました。
    この東京高裁判決については、上告受理申立がなされましたが、上告不受理により、当該事件として、確定となっていました。
    そこで、他事件において、最高裁が「相続させる」遺言について、代襲相続を認めるかどうかが、きわめて注目されていました。

  • 5.重要な最高裁平成23年2月22日判決

    そのような注目される状況の中で、重要な最高裁平成23年2月22日判決が出されました。

    その事案は、遺言者母Aには、子Bと子Xがいまして、母Aは子らのうちBに遺産全部を相続させるという公正証書遺言を作成しました。
    しかし、遺言者Aが亡くなる3か月前に子Bは死亡してしまい、そして、Bには3人の子がいたというものです。
    Bの子である3人が代襲相続するのか、遺言者A死亡の前にBが死亡したことにより、遺言の効力は失われてしまうのかが問題となりました。

    当該事件の第1審(東京地裁)は、第2説(代襲相続肯定説)に立って、Bの子らが財産を相続していいとしましたが、第2審(東京高裁)は、第1説(代襲相続否定説)に立って、Bの子らの代襲相続を認めませんでした。

    そして、上告審たる最高裁平成23年2月22日判決は、「『相続させる』旨の遺言は、当該遺言により遺産を相続させるものとされた指定相続人が遺言者の死亡以前に死亡した場合には、当該『相続させる』旨の遺言に係る条項と遺言書の他の記載との関係、遺言書作成時の状況及び遺言者の置かれていた状況などから、遺言者が上記の場合には、当該指定相続人の代襲者その他の者に遺産を相続させる意思を有していたとみるべき特段の事情のない限り、その効力を生じることはないと解するのが相当である。本件においては上記特段の事情があるといえず、本件遺言は、その効力を生じることはないというべきである」と判示しました。

    すなわち、最高裁は、基本的に第2説(代襲相続否定説)に立ったうえで、遺言書の他の記載との関係、遺言書作成時の状況及び遺言者の置かれていた状況などから遺言者には代襲相続させる等の意思を有していたとみるべき特段の事情がある場合についてのみ代襲相続等を認めるということを明確にいたしました。

  • 6.結論及び実務上の注意事項

    以上のとおり、重要な最高裁平成23年2月22日判決は、「相続させる」遺言において、受取人とされた相続人が遺言者より先に死亡したときは、特段の事情のない限り、原則として、遺言の効力は生じず、代襲相続もできないものと判断しております。

    したがいまして、受取人たる相続人が遺言者より先に死亡した場合には、原則として、遺言の効力がなくなってしまいますので、実務上は、遺言者より先に受取人と指定された相続人が死亡した場合は、その子に代襲相続させる、あるいは、他の相続人に相続させる等について、遺言書に明記しておくいわゆる予備的遺言ないし補充的遺言をしておくことが肝心なこととなります。

    なお、このような場合の具体的な考え方については、「遺言者が死亡する前に受遺者が死亡していた場合、遺言はどうなるのでしょうか」をご覧ください。