弁護士
本橋 美智子
70歳以上の夫婦の場合、自宅の不動産は夫名義のことが多いでしょう。この世代は、夫が外で働き妻が専業主婦の場合が多いので、自宅の不動産も100%夫名義という場合が多いのです。
このような夫のほとんどは、自分が亡くなった後には、自宅を妻に残したいと考えています。
先祖伝来の不動産の場合には、子供に残したいと考える場合が多いでしょうが、結婚後に自力で自宅を建てた場合には、妻の貢献があってのことですので、自宅を妻に残したいと考える夫が多いのです。
しかし、そのような気持ちがありながら、具体的な行動をとらないままに、相続を迎えてしまう場合も少なくありません。
この機会に、妻に自宅を残す具体的な方法を考えてみましょう
よく知られている方法に、妻に生前贈与する方法があります。
これは、贈与税の特例として、婚姻期間が20年以上の夫婦の間で、居住用不動産又は居住用不動産を取得するための金銭の贈与が行われた場合、110万円の基礎控除のほかに最高2000万円まで控除ができるという特例(配偶者控除の特例)があるので、これを使用する方法です。
これは夫婦の間で生涯一度だけ認められる特例ですので、使用するメリットがあります。
具体的には、建物は固定資産税評価額、土地は路線価で評価して、最高2110万円に相当する持分を、夫から妻に移転登記します。
そして、贈与の翌年3月15日までに、贈与税の申告書を提出するのです。
この生前贈与によって、夫の相続財産が減りますので、夫の財産額によっては、夫の相続税を減らすことにもなります。
しかし、もし、この夫から妻への生前贈与をした後に、この夫婦が離婚した場合には、問題が生じますが、この点はまた別の機会に説明します。
この生前贈与を使うのは、亡くなるまで添い遂げる自信のある夫婦が望ましいでしょう。
自宅を死亡と同時に妻に残す方法としては、遺贈(遺言による贈与)と死因贈与(夫の死亡によって効力が生ずる贈与)があります。
遺贈は、夫が遺言を残し、その遺言で、自宅を妻に贈与することです。
新しい相続法では、婚姻期間が20年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住用の建物または敷地を遺贈または贈与したときは、遺産分割においては、その居住用不動産を相続財産とみなす(持戻す)ことを免除したものと推定する規定が設けられました(民法903条4項)。
これによって、妻は、遺産分割でより多くの財産を取得することができることになったのです。
なお、この規定は、生前贈与の場合にも適用されます。
新しい相続法で、配偶者居住権という制度ができたことは、別のコラムやQ&Aでもご説明したとおりです。
夫が遺言で、妻に自宅の配偶者居住権を遺贈することもできます。
この場合にも、婚姻期間が20年以上の夫婦の場合には、上記の民法903条4項が準用されて、特別受益の持戻し免除の意思表示が推定されます。
夫が作成した遺言による遺贈等が、例えば子の遺留分を侵害している場合には、遺留分の計算においては、上記の特別受益の持戻し免除の推定規定は適用されず、特別受益は、遺留分算定の基礎財産に算入されると解されています。
これまでは、相続人に対する贈与については、その時期を問わず遺留分算定の基礎財産に算入されると解されていました。
しかし、新しい相続法では、、相続人に対する贈与については、相続開始前10年間にしたものに限り参入するとされました(民法1044条3項)。
ですから、夫が、死亡する10年以上前に妻に自宅を贈与した場合には、その自宅は、遺留分算定の基礎財産にも算入されないことになります。