配偶者居住権の落とし穴

弁護士

本橋 美智子

  • 1 配偶者居住権の新設

     相続法が改正され、改正法の大部分は令和元年7月1日から施行されています。
     相続法の改正は多岐にわたっていますが、その中でも配偶者居住権の新設は重要項目のひとつとなってます。
     配偶者居住権はこれまでにはなかった制度であり、配偶者特に夫に先立たれた妻を保護する制度であるため、各方面で注目されています。
     そして、この配偶者居住権についての改正相続法は、令和2年4月1日から施行されたのです。

  • 2 配偶者居住権とは何か

     配偶者居住権とは、被相続人(亡くなった人)の配偶者が、被相続人所有の建物に相続開始の時(亡くなった時)に居住していた場合において、その居住していた建物(居住建物)に無償で住むことができる権利です。
     この配偶者居住権は、遺産分割か遺贈によって取得することができます。

  • 3 典型的な配偶者居住権取得の場合

     配偶者居住権を取得する典型的な場合は、次のような例です。
     夫の遺産は、①自宅5000万円 ②預貯金1000万円の合計6000万円でした。
     法定相続人は妻と長男の2人で、遺言はありません。
     妻と長男の法定相続分は、それぞれ2分の1、3000万円分になります。
     この場合に、仮に妻が自宅を取得し、長男が預貯金を取得する方法で遺産分割をしようとすると、妻は長男に長男の相続分の不足分2000万円を支払わなければなりませんが、これは難しい場合が多いでしょう。
     そこで、配偶者居住権の登場です。
     配偶者居住権の評価はいろいろありますが、ここでは2500万円とします。
     すると、妻は、自宅の配偶者居住権(2500万円)と預金の2分の1(500万円)を取得し、長男は、自宅の所有権(5000万円-2500万円)と預金の2分の1(500万円)を取得する遺産分割をすることで、妻は長男にお金を支払わずに夫死亡後も自宅に住むことができるのです。
     また、原則として配偶者居住権の存続期間は妻の終身なので、妻が死亡した場合(二次相続)には、配偶者居住権は消滅します。
     ですから、妻の相続の際には、長男は完全な自宅の所有権を無税で取得することができるのです。

  • 4 配偶者居住権の落とし穴

     このように、配偶者居住権は妻にも長男にも良い制度のようです。
     しかし、落し穴もありますので、注意が必要です。
     第1の落し穴は、妻が生存中に自宅を売ることができないことです。
     高齢になってから、自宅を売って、老人ホーム等の施設に入所したり、よりコンパクトな家に引っ越す等の必要が生じることがよくあります。
     しかし、配偶者居住権は譲渡することができないので、妻は自宅を売ることはできません。
     配偶者居住権は、配偶者が終身自宅に住むことを予定して作られた制度なので、自宅を売ることは予定していないのです。
     第2の落し穴は、妻は、長男の承諾がないと建物の改築や増築ができないことです。
     妻は、自宅の修繕をすることはできますが、改築や増築、第三者への賃貸をするには、自宅の所有者である長男の承諾が必要になります。
     ですから、妻と長男の関係が良好な場合には問題は出ないでしょうが、遺産相続問題等を通じて、その関係が悪くなっている場合には、バリアフリー化への改築等の場合にも長男の承諾が必要で、煩わしかったり、紛争の種になったりする可能性があります。

  • 5 よく検討しましょう

     このように、配偶者居住権には、いろいろ問題もありますので、遺産分割でこれを利用しようと考えている場合や、遺言で妻に配偶者居住権を遺贈しようと考えている場合には、是非事前に相談してください。