弁護士
篠田 大地
自筆証書遺言は、全文、日付及び氏名を自署し、押印しなければなりません(民法968条1項)。
したがって、代筆されていたり、日付の記載がなかったり、押印が無かったりした場合、その遺言は形式不備となります。
そして、形式不備の遺言は無効です。
それでは、形式不備の遺言が、遺言者の本当の意思が記載されたとものであったとしても、全く意味を持たないのでしょうか。
まず、相続人全員で、遺言者の意思を尊重して、遺言と同内容で遺産分割協議を締結することができれば、遺言の内容どおりに相続財産を分割することができます。
また、遺言書としては無効ですが、「死因贈与」(民法554条)として有効になる場合がありえます(東京地判昭和56年8月3日判例タイムズ465号128頁)。
死因贈与とは、贈与者の死亡によって効力を生じる贈与のことをいいます(死因贈与について詳しくは、「死因贈与について」をご覧ください。)。
死因贈与が認められるためには、「贈与者(被相続人)と受贈者との間に贈与することの合意があること」が必要になります。
遺言の場合には、遺言者(被相続人)の一方的な意思表示があればいいのに対して、死因贈与の場合には、贈与者(被相続人)と受贈者との間に合意があることが必要な点が異なります(したがって、形式不備の遺言が必ず死因贈与として認められるということではなく、合意が認められる場合のみ有効になります)。
合意は、明示であっても黙示であっても認められますが、贈与者(被相続人)が、受贈者の依頼や関与のもとに遺言書を作成し、贈与者(被相続人)自らが遺言書を受贈者に交付し、あるいは保管を委託していたというような事情がある場合には、合意の存在が認められやすいといえます。
ただし、死因贈与として有効になる場合であっても、実際の手続では、訴訟等の法的な手続が必要になるケースがありえます。
たとえば、不動産や預金について、特定の相続人に相続させるという形式不備の遺言がある場合を考えてみます(相続登記は未了で、預金も払戻し未了の場合を前提とします)。
このような場合、仮に死因贈与が認められるとしても、死因贈与が認められると法務局や金融機関に対して述べるだけでは、移転登記や預金払戻しには応じてくれないことが多いように思います(遺言書の内容等によっては応じてくれるケースもあります)。
不動産について実際に移転登記を行うためには、各相続人に対して、死因贈与を原因とする移転登記請求訴訟を提起し、勝訴の確定判決を得た上で、法務局に対して移転登記を申請することになります。
預金について実際に払戻しを受けるためには、金融機関に対して、死因贈与を原因として預金払戻請求訴訟を提起することになり、勝訴の確定判決を受けた上で払戻しを受けることになります(この場合には、通常、金融機関から他の相続人に訴訟告知(民事訴訟法53条)がなされ、他の相続人も訴訟の実質的な相手方として関与することが多いと思われます)。
もちろん、上記の訴訟の過程や、訴訟前の交渉の過程で他の相続人との間で和解や遺産分割協議が成立して解決するケースもありえます。