遺産がなくても遺留分減殺請求を受けることがある

弁護士

篠田 大地

  • 1 はじめに

    被相続人の死亡時に、遺産がなくても、相続人が遺留分減殺請求を受けることはありえます。

    以下のようなケースを考えてみます。

     被相続人 亡A    
     相続人として、長男Xと長女Y

     亡A H22.1死亡
     亡A→Y S45に婚姻のため400万円を生前贈与
          H22時点の貨幣価値1200万円
     亡A死亡時には遺産はなかった

    上記のケースで、XはYに遺留分減殺請求権を行使することができるでしょうか。

  • 2 相続人以外への生前贈与と相続人への生前贈与    

    上記のケースを考える前提として、生前贈与が遺留分算定において、どのように考慮されるのかを考える必要あります。

    この点、受贈者が相続人か相続人以外かで、以下のとおり取り扱いが異なります。

    相続人以外の場合、民法1030条により、①相続開始前の1年間の贈与、または、②当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたとき、のみ、遺留分算定の基礎に算入されます。

    一方、相続人の場合、特別受益に該当する限りは、何年前のものであっても遺留分算定の基礎に算入されます。

  • 3 遺産がない場合に遺留分減殺の対象になるか。

    次に、遺産がない場合に遺留分減殺の対象になるかどうかについては、判例上、「右贈与が相続開始よりも相当以前にされたものであって、その後の時の経過に伴う社会経済事情や相続人など関係人の個人的事情の変化をも考慮するとき、減殺請求を認めることが右相続人に酷であるなどの特段の事情のない限り、」遺留分減殺の対象になるとされています(最三小判平成10年3月24日)。

  • 4 遺留分算定の基礎となる財産の評価時点

    最後に、遺留分算定の基礎となるとして、その受像財産の評価額をいつの時点のものとして、算定するかについては、判例上、
    相続開始時を基準に評価すると考えられています(最一小判昭和51年3月18日)。

  • 5 上記のケースの考え方

    以上、2から4までの考え方をもとに、上記ケースを考えてみます。

    そうすると、亡AからYへの生前贈与400万円は特別受益として、遺留分算定の対象に含まれ、さらに遺留分減殺請求の対象にもなります。
    そして、その評価額は相続開始時が基準となりますので、1200万円となります。

    遺産がないとすると、遺留分算定の基礎になる額は1200万円となり、
    1200万円×1/2×1/2=300万円を、XはYに対して遺留分減殺請求できる可能性があるということになります。

  • 6 「特段の事情がある場合」とは

    上記3の最三小判平成10年3月24日では、「特段の事情がある場合」には、遺留分減殺の対象にはならないと述べています。

    この「特段の事情がある場合」は、不明確な点が多いですが、上記ケースのような場合でも、
    ・贈与の時点では被相続人に多額の財産があり、長男の遺留分を害するおそれは全くなかった
    ・その後、被相続人がその後事業に失敗するなどして、相続開始時に財産がなかった
    ・現在の長女の経済状態において、遺留分減殺を認めることが、長女に過酷な結果をもたらす場合
    などの場合には、「特段の事情がある場合」にあたるのではないか、と考えられています。

  • 7 実務上の留意点

    以上のように、被相続人の死亡時には、相続財産がなかったり、遺言がない場合にも、生前贈与を含めると遺留分を侵害している可能性があります。
    そこで、生前贈与が多い状態で、遺言を作成する場合などには、注意が必要といえます。