1 遺留分減殺請求権行使前の目的物の譲渡
遺留分減殺請求権を行使前に、受遺者が目的物を譲渡してしまった場合、受遺者は、遺留分権利者に対しその目的物の価額を弁償しなければなりません(従来の民法1040条1項本文、最一小判昭和57年3月4日)。
また、目的物の譲受人が譲渡時に遺留分権利者に損害を加えることを知っていたときは、遺留分権利者は譲受人に対しても遺留分減殺を請求することができます(民法1040条1項但書)。
2 価格弁償の評価時点
目的物の価額の弁償について、いつの時点の評価額を価額弁償するかについては、判例上、目的物の譲渡時の評価額と考えられています(最三小判平成10年3月10日)。
現物返還に代わる価額弁償の場合には、現実に弁償がなされる時が基準時となりますが、これと異なりますので注意が必要です。
3 遺留分減殺請求権行使後の目的物の譲渡
一方、遺留分減殺請求権を行使後に、受遺者が不動産等の目的物を第三者に譲渡した場合、遺留分権利者からの請求としては、以下の請求が考えられます。
①遺留分権利者が目的物の所有権を取得する
②受遺者に対して損害賠償請求を行う
遺留分権利者はこれら請求をすることはできるのでしょうか。
4 第三者に所有権を主張することは難しい
(1)遺留分権利者による所有権の取得の可否
遺留分減殺請求権を行使後に、受遺者が不動産等の目的物を第三者に譲渡した場合、遺留分権利者は、第三者に対して、目的物の所有権を取得することはできるでしょうか。
(2)(従来の)民法1040条1項但書
この点、(従来の)民法1040条1項但書では、譲受人に対する遺留分減殺請求権の行使を認めていますが、当該規定は、遺留分減殺請求権行使前に譲渡を受けた譲受人にのみ適用され、遺留分減殺請求権行使後に譲渡を受けた第三者には適用はありません(最小判昭和35年7月19日)。
したがって、遺留分権利者が、第三者に対して遺留分減殺請求を行うことはできないと考えられます。
(3)対抗関係
次に、第三者に対して遺留分減殺請求を行うことはできなくとも、遺留分権利者が目的物の所有権をすることはできないのでしょうか。
遺留分減殺請求権が行使されると、遺留分減殺請求権に服する範囲で遺留分侵害行為の効力は消滅し、目的物上の権利は当然に遺留分権利者に復帰すると考えられています。
そして、この遺留分減殺請求権行使による所有権の復帰と、第三者への譲渡による所有権移転は対抗関係に立つと考えられています。
対抗関係とは、物権変動の有効性を法律上の利害関係がある第三者に主張できるかどうかの関係のことをいいますが、民法177条により、不動産の場合、対抗関係の優劣は、登記の先後によって定まることとなっています。
したがって、目的物を譲受けた第三者が、先に不動産譲渡に関して登記を取得した場合、譲渡が優先し、遺留分権利者は、目的物の所有権を第三者に対して主張することはできません。
実際のところ、遺留分減殺請求権の行使自体は、内容証明郵便等の通知を行うのみで可能ですが、遺留分減殺を原因とする登記は、原則として共同申請ですので、遺留分権利者と受遺者との共同申請で行う必要があります。
そして、受遺者が単独で目的物の譲渡を行おうという場合には、遺留分権利者と受遺者との間で紛争が生じているのが通常でしょうから、遺留分権利者としては、遺留分減殺請求訴訟等を行わない限り、遺留分減殺を原因とする登記を行うことはできないということになります。
一方、受遺者としては、被相続人から受遺者への不動産の移転登記は、公正証書遺言や検認済みの自筆証書遺言があればすぐに可能ですし、受遺者に移転登記がなされている場合には、受遺者が第三者に譲渡して、第三者が移転登記を受けることもすぐに可能です。
したがって、実際のところ、遺留分減殺請求権を行使後に、受遺者が不動産等の目的物を第三者に譲渡した場合、遺留分権利者が、目的物を譲り受けた第三者より先に登記を取得することは難しいため、目的物の所有権を取得することは難しいことが多いといえます。
5 対応策
しかしながら、遺留分権利者がどうしても、目的物の所有権を取得することを希望する場合、対応策はあります。
この場合、遺留分権利者としては、受遺者が第三者に譲渡することが見込まれる場合などには、処分禁止の仮処分を行って、受遺者から第三者への移転登記を禁止するという方法が考えられます。
6 受遺者に対する損害賠償請求が可能
遺留分権利者が第三者に対して遺留分減殺請求をすることができない場合でも、受遺者に対しては、遺留分権利者が遺留分減殺請求権の行使により取得した目的物を侵害したことによる不法行為に基づく損害賠償請求を行うことが考えられます。
7 相続法改正後について
相続法改正に伴い従来の遺留分減殺請求権は、新しく遺留分侵害額請求権という債権として構成されました。したがいまして、上記の議論は、相続法改正後には問題とならないといえます。