1 相続分の譲渡とは
相続分の譲渡とは、債権と債務とを包括した遺産全体に対する譲渡人の割合的な持分を移転することをいいます(民法905条)。
相続分の放棄とは異なり、相続分の譲渡では、債権のみならず、債務をも移転させることになります。
ただし、この債務の移転については、債権者には対抗できないと考えられているため、債権者から請求があった場合には、これに応じざるをえない可能性がありえます。
2 譲渡人の地位
譲渡人は、遺産に対する持分を有しないことになります。
遺産分割協議は、相続人全員で行う必要がありますが、相続分を譲渡したものは、遺産分割協議に加わる必要がなくなります。
遺産分割調停事件において、当初は当事者であった相続人が、後に相続分の譲渡を行った場合、当該相続人であったものは当事者適格を失います。
そこで、このような場合、家庭裁判所は当該相続人であったものを、排除する旨の裁判を行います(家事事件手続法258条、43条)。
3 譲受人の地位
譲受人は、譲渡人が有していた遺産に対する持分を承継し、遺産分割手続に関与することになります。
相続分の譲渡は、相続人のほか、第三者に対してもこれを行うことができますが、第三者に対して譲渡された場合には、当該第三者を含めて遺産分割協議を行う必要があります。
ただし、第三者に対して相続分の譲渡がなされた場合、他の共同相続人は、譲渡のときから1箇月以内であれば、その価額及び費用を償還することによって、その相続分を取り戻すことができます(民法905条1項、2項)。
遺産分割調停の途中で第三者に相続分の譲渡が行われた場合には、相続分の譲受人が調停に参加する必要があるため、当事者参加の申出をして、調停手続に加わることになります(家事事件手続法41条1項・258条)
また、譲受人が参加しない場合には、申立てまたは職権により、調停手続きに強制的に参加させることになります(家事事件手続法41条2項・258条)。
4 相続分の譲渡と登記
相続登記が未了のうちに、相続人に相続分の譲渡がなされた場合、相続分の譲渡の結果を前提として、被相続人から譲受人に対する相続登記が認められると考えられています。
一方、第三者への相続分の譲渡がなされた場合、被相続人名義の不動産を譲渡を受けた第三者名義にするには、相続を原因とする共同相続人への所有権の移転登記を経たうえで、相続分の譲渡による持分の移転登記を行う必要があると考えられています。
5 相続分の譲渡の具体例
相続分の譲渡は、相続放棄や遺産分割協議の代わりに、共同相続人の1人に対して行われたり、多数当事者がいる事案において、当事者を整理するために行われます。
特に、相続分を取得することを希望せず、調停手続等に積極的に参加を希望しない相続人がいる場合、他の相続人に対して、相続分の譲渡を行い、調停手続きから離脱することは実務上も多いといえます。
この場合、相続分譲渡証書に署名押印の上、印鑑登録証明書を添付して、家庭裁判所に提出する必要があります。
6 共同相続人間における無償による相続分の譲渡と民法903条1項に規定する贈与に関する重要な新判例
相続分の譲渡に関して、最高裁平成30年10月19日判決という重要な判決が出されました。
その判決では、「共同相続人間においてされた無償による相続分の譲渡は、譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き、上記譲渡をした者の相続において、民法903条1項に規定する「贈与」に当たる」と判断されました。
上記判例によりますと、相続分の譲渡がなされた場合には、譲渡人が死亡した場合の相続に際して、民法903条1項に定める「贈与」として、特別受益とみなされたり、あるいは、遺留分算定の基礎となったりすることがあり得ますので、留意するべきです。