1 はじめに
相続放棄は、被相続人の負債が相続財産より大きい場合などに用いられます。
そこで、生前贈与を受けた者が後に相続放棄をすると、被相続人の債権者(相続債権者)から見ると、本来弁済に充てられるべき財産(責任財産)が減少し、時には財産隠しのようにも捉えられてしまう恐れがあります。
それでは、生前贈与を受けた相続人が相続放棄をすることができるのかについて解説します。
2 生前贈与とは
生前贈与とは、相続が発生する前、つまり、「生前」に子どもや孫に財産を贈与することで、贈与者(後の被相続人)と受贈者の合意により成立します。そのため、受贈者が相続人であるかは贈与行為に影響をあたえません。
3 生前贈与を受けた場合、相続放棄ができるか
相続放棄の要件は、相続人によるものであること、相続人の真意に基づくことといった要件に加えて、①相続開始を知ってから3ヶ月以内に家庭裁判所へ相続放棄の申述を行うこと②法定単純承認が成立していないことですので、生前贈与を受けたことは、相続放棄の要件とは全く関係がありません。(民法915条、同法921条参照)
そのため、生前贈与を受けたからといって、単純承認となることもなく、生前贈与を受けても相続放棄は可能ということになります。
4 詐害行為取消権との関係
以上のとおり、生前贈与を受けた者が相続放棄をすることはできます。しかし、受贈者が相続放棄をすると他に問題が発生します。それが、詐害行為の問題です。
(1)詐害行為取消権とは
詐害行為(民法424条)とは、債務者が債権者を害することを知りながら、故意に自分の財産を減少させ、債権者が正当な弁済を受けられないようにすることを言います。
他に財産のない債務者が、債権者からの差押えを受けるのをおそれ、不動産を第三者に贈与するような行為です。この場合、債権者は、贈与を取り消すことができます。この権利を詐害行為取消権と言います。
例えば、多額の借金がある者が唯一の財産である不動産を第三者に無償で贈与してしまった場合、債権者は贈与を取り消すことが可能です。
ただし、身分行為などにおける債務者の権利行使の自由を保護するために、財産権を目的としない債務者の行為については、債権者は否認することができません(民法424条2項)。例えば、離婚に伴う財産分与は、原則として取消の対象とはなりません。
(2)相続放棄に詐害行為取消権を行使することができるか
ここで、前提として、「債権者」といっても被相続人の債権者(相続債権者)と相続人の債権者の2種類が考えられますので、場合を分けて検討したいと思います。
ア 相続債権者の場合
最高裁判所の判例で、相続債権者が相続放棄をした相続人に対し、相続放棄をしたことを詐害行為であるとして取り消した事案において、相続放棄自体は、相続人の意思からいっても、また、法律上の効果からいっても相続財産を積極的に減少させる行為ではないこと、相続放棄のような身分行為に他人(相続債権者)の意思による強制的介入を認めるべきではないとして、詐害行為取消権の行使はできないと判断しました(最高裁判所昭和49年9月判決)。
イ 相続人の債権者の場合
相続人の債権者の場合には、最高裁判所の判例はありませんが、この場合においても相続放棄に詐害行為取消権を行使することはできないとする考え方が有力です。その理由として、前記の理由に加えて、仮に詐害行為取消権の行使を認めた場合、他の相続人の相続分にまで影響が生じてしまい、妥当ではないというものもあげられます。
(3)生前贈与と詐害行為取消権
以上のとおり、相続債権者及び相続人の債権者はいずれも相続放棄行為に対し詐害行為取消権を行使することはできません。
しかしながら、後の被相続人から推定相続人に対する生前贈与については別途考慮が必要です。
仮に、当該贈与の時点で被相続人が債務超過に陥っていた場合、推定相続人がその債務超過の事実を知って贈与を受けたときには、相続人債権者が贈与の事実を知ってから2年間を経過するまで(または詐害行為時から10年)は(その間に相続が生じようとも)、その贈与行為について詐害行為取消権を行使することが可能です(民法426条)ので、ご留意ください。
5 遺留分侵害額請求との関係
なお、受贈者が相続放棄をすると遺留分侵害額請求との関係で、問題があります。
こちらについては、「相続放棄をしても遺留分侵害額請求を受ける可能性はあるでしょうか」をご参照ください。