1 遺産分割前における預貯金の払い戻し制度の創設とその背景
相続法改正により、遺産分割前における預貯金の(一部)払い戻し制度が創設されました。
遺産分割前における預貯金払戻し制度が創設なされた背景としては、最大決平成28.12.19(民集70巻8号2121頁)が出現したことと関係があります。
最大決平成28.12.19は、預貯金は遺産分割の対象となることを明示したものであり、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意を得なければ権利行使をすることができないとされました。
そうすると、共同相続人において相続債務の弁済をする必要があったり、被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事由がある際に、被相続人の預貯金を遺産分割前に一部でも払い戻せないことになり、それでは実際上の不都合があります。
これらに対処するために、相続法改正による遺産分割前の預貯金の(一部)払い戻しの制度が創設されました。
2 遺産分割前における預貯金の払い戻し制度(909条の2)の内容等
(1)民法909条の2の内容
① 払戻し可能な金額
民法909条の2は、「各共同相続人は、遺産に属する預貯金債権のうち相続開始時の債権額の3分の1に当該払戻しを求める共同相続人の法定相続分を乗じた額(ただし、同一の金融機関に対する権利行使は、法務省令で定める額(150万円)を限度とする。)については、他の共同相続人の同意がなくても単独で払戻しを請求することができる。」と定めています。
この預貯金債権額の3分の1を大枠の上限額としているのは、遺産分割の対象財産として少なくとも預貯金債権の3分の2を確保しておくことを配慮したものであるとも言われています。
② 金融機関ごとの上限
世帯1名の標準生計は月12万円弱であることや、標準的な葬儀費用が150万円前後であること等を考慮して、平成30年11月法務省令で金融機関1行毎の共同相続人1名当たりの上限額は、150万円と定められました。
(2)909条の2により払戻しがなされた場合の取扱い
909条の2後段では、同条前段の定めにより権利行使がなされた場合の預貯金債権については、遺産の一部分割によりこれを取得したものとみなす旨定められています。
上記は、共同相続人間の公平を期するための措置です。
3 遺言との関係
909条の2は、その文言からみても「遺産に属する預貯金債権」を対象としたものであります。
預貯金債権が遺贈や特定財産承継遺言の対象となっている場合には、当該預金は、遺産に属しないことになりますから、遺言がある場合には原則として909条の2の適用を受けないこととなるので注意を要します。
なお、相続法改正において、遺贈以外に特定財産承継遺言についても、対抗要件主義が適用されることになりましたので、金融機関としては、(債権を承継した相続人や遺言執行者からの通知等の)対抗要件が具備されるまでの間は、当該預貯金債権が遺産に属していることを前提にして取り計らえばよく、その後に対抗要件が具備されたとしても、原則としてその具備前にした払戻しは有効となるものと考えられます。