1 預貯金債権の仮分割の仮処分の趣旨
相続法改正と同時に、家事事件手続法についても改正がなされました。
そして、家事事件手続法200条の改正で、同条3項が新設され、遺産分割の調停・審判事件を本案とする保全処分の要件について緩和する方策が採用されました。
このような制度緩和がなされた背景としては、最大決平成28.12.19(民集70巻8号2121頁)が出現したことと関係があります。
最大決平成28.12.19は、預貯金は遺産分割の対象となることを明示したものであり、遺産分割までの間は、共同相続人全員の同意を得なければ権利行使をすることができないとされました。
そうすると、共同相続人において相続債務の弁済をする必要があったり、被相続人から扶養を受けていた共同相続人の当面の生活費を支出する必要があるなどの事由がある際に、被相続人の預貯金を遺産分割前に一部でも払い戻せないとなりますので、実際上の不都合があるからです。
そのための対応措置として ①相続法改正による(家庭裁判所の手続を要しない)預貯金の(一部)払戻し制度の創設とともに ②家事事件手続法改正による預貯金債権の仮分割の仮処分についての要件の緩和がなされました。
2 家事事件手続法200条3項による仮分割仮処分の要件
(1) 本案係属要件等
家事事件手続法200条3項は、「遺産分割の審判又は調停の申立てがあった場合において…」と定められており、遺産分割の審判又は調停の申立てをすることを、いわゆる本案係属要件として定めています。
法律立案段階では、預貯金についての仮分割仮処分を本案不要の保全処分として定めることも検討されましたが、審判前の保全処分として仮分割仮処分を構成するのが妥当であることや、遺産分割の審判・調停の申立てが比較的容易であること等を考慮して、上記のとおり本案係属要件が定められました。
(2) 権利行使の必要性
家事事件手続法200条3項は、「相続財産に属する債務の弁済、相続人の生活費の支弁その他の事情により遺産に属する預貯金債権を(…)を当該申立てをした者又は相手方が行使する必要があると認めるときは…」と定めています。
必要性の判断は、家庭裁判所の裁量によるとされ、必ずしも規定に例示されている事由には限らないと解されています。
(3) 他の共同相続人の利益を害しないこと
預貯金債権についての仮分割の仮処分については、制度上は、当該預貯金債権について申立人の法定相続分を乗じた額の範囲内とする限定はなされていません(民法909条の2との違い)が、一般的には、その範囲内に限定するのが相当である場合が多いと言われています。
なお、他の相続人に特別受益があるなど、個別的事情があれば、申立人に法定相続分を超える預貯金債権を取得させる仮分割が認められることもあり得ると解されます。
3 仮分割仮処分と本案調停・審判との関係
本案である遺産分割調停・審判において、仮分割された預貯金債権を含めて、改めて定められることになります。
必ずしも、仮分割仮処分どおりの内容に拘束されることなく、相続人間の公平等を考慮して、調停・審判がなされます。
4 仮分割仮処分の手続
家事事件手続法200条3項による預貯金の仮分割の仮処分は、審判前の保全処分として、仮の地位を定める仮処分の法的性質を有するものとされており、「審判を受ける者となるべき者の陳述を聴かなければならない」(家事事件手続法107条)とされています。
したがって、家庭裁判所は、共同相続人全員に対して、陳述を聴取する期日を通知して、直接に陳述を聴取するか、照会等に対する回答書を提出する形式で陳述を聴取するなどの手続を絞ることになりますので、家庭裁判所で審判がなされるまでは、ある程度の期間がかかることとなります。
家庭裁判所が預貯金について仮分割の仮処分を命ずることが相当と認めた場合には、金融機関による払戻しが適切にできるように、金融機関名、支店名、預金債権の種類、口座番号、名義人、申立人の取得額等を主文(及びそれに添付される目録)においてはっきり明示した仮処分命令が発せられることになります。