1 問題となる学費
学費として問題になるのは、主に高等学校卒業後の大学等の費用や留学費用です。
過去には、高等学校の学費も争われるケースがありましたが、現在では、高等学校への進学率は90%を超えているため、これらが特別受益と見なされることは少ないといえます。
現在問題となる事例の多くは、大学以降の学費や留学費用であるように思われます。
なお、昨今では、大学のみならず、大学院の費用や海外への留学費用などが特別受益に該当するかが問題となるケースもあります。
2 特別受益に該当するか
(1)親の資力等からの判断
親の資力、社会的地位、学歴等を基準にして、親が子供に対してその程度の教育をするのが普通だと認められる場合には、特別受益にはならないと考えられています。
これは、親の負担すべき扶養義務の範囲内とみなされるためです。
一方、親の資力等から見て不相応な学費の場合には、特別受益にあたる可能性があります。
(2)大学費用について
各相続人間で、受けた教育内容に差異がある場合、それを特別受益とみるかは難しい問題です。
単に大学が公立か私立かという程度の違いであれば、学費に差はあると考えられるものの、それが特別受益に当たるとまではいえないことのほうが多いと思われます。
京都地方裁判所平成10年9月11日審判では、長男のみが医学部教育を受けていたという点が問題になりました。
この点につき、裁判例は、被相続人が開業医であり、長男による家業の承継を望んでいたことや、その他の兄弟も大学教育を受けていること、被相続人の資産収入や家庭環境などを考慮し、特別受益には該当しないと判断しました。
ただ、上記の裁判例を前提としても、あまりに相続人間で格差が大きい場合には、特別受益となる場合もありうるものと考えられます。
たとえば、特定の相続人のみが医学部の費用を負担してもらい、一方、その他の相続人は高校卒業までの費用しか負担してもらっていないなどという場合には、特別受益に当たることもありうるものと思います。
(3)大学院費用及び留学費用について
名古屋高等裁判所令和1年5月17日決定では、相続人のうちの一人のみが2年間の大学院生活や、その後の10年間に及ぶ海外留学生活の費用援助を受けていたという点が問題になりました。
この点につき、裁判例は、被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと、大学院に進学し、留学した相続人において、学者、通訳者又は翻訳者として成長するために相当な時間と費用を要することを被相続人が許容していたこと、相続人が自発的に被相続人に相当額を返還していること、被相続人は生前経済的に余裕があり、他の相続人やその妻に対しても高額な時計を譲り渡したり、宝飾品や金銭を贈与していたこと、他の相続人も大学に進学し、在学期間中に短期留学していることなどとして、大学院進学費用・留学費用を特別受益に該当しないとしました。
しかし、上記(2)と同様、あまりに相続人間で格差が大きい場合には、特別受益となる場合もありうるものと考えられます。被相続人の生前の資産状況、社会的地位,教育水準に照らし、留学費用等を支出することが、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められない場合もありえます。その場合は、特別受益と認定されることになります。
3 持戻し免除の意思表示
仮に学費が特別受益に該当するとしても、学費の支出は相続分の前渡しとは言えず、持戻し免除の意思表示があったと取り扱われることも多いと思われます。
4 学費が特別受益に該当する場合
学費が特別受益に該当する場合には、その金額の評価は、当時の支出した金額を現在の価値に引き直して計算することになります。