遺言執行者は生前贈与や預貯金の引き出しについて調査しなければならないのですか

1 遺言執行者の地位、権利義務

(1) 遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する(民法1012条1項)とされています。
(2) したがいまして、遺言執行者の重要な職責は、被相続人の意思の表明である遺言の内容を実現することにあります。また、遺言執行者の地位は、被相続人の意思を実現するという役割を基本に据えたうえで、相続人・受遺者らの利害関係者らの調整を公正に行うという立場にあると考えられます。

2 遺言執行者の公正性

(1) 民法1019条1項は、遺言執行者がその任務を怠ったときその他正当な事由があるときは、利害関係人はその解任を家庭裁判所に請求することができると定めています。
(2) そして、遺言執行者が一部の相続人の利益に加担し、公正な遺言の実現が期待できないような事情のある場合には、遺言執行者としての解任事由になると解されています(東京高裁昭44.3.3決定、東京高裁昭60.3.15決定)。

3 生前贈与、預貯金の引き出しの調査

(1) 被相続人から相続人への生前贈与の存否、内容、被相続人の預貯金の引き出し経緯、預貯金が名義預金かどうか等について、調査するように、相続人の一部から遺言執行者に対して要請されることがあります。
(2) これらについては、遺言書の中で、明示されている場合(たとえば、生前の贈与の事実が記載されている場合、誰それの名義預金となっているが被相続人の財産であることが記載されている場合など)には、原則として遺言内容に従った執行を行うべきですが、それらについて特段の明記がない場合には、遺言執行者には生前贈与や預貯金引出しについて調査する権限や調査すべき義務もないものと考えられます(なお、相続開始直前や直後の預貯金の引き出しについては、手持ち現金の内容確認の前提として、遺言執行者において、調査する必要がある場合があります)。
(3) 生前贈与の有無や預貯金引き出しの経緯について知ることは、通常、特定の相続人が遺留分侵害額請求や不当利得返還請求をなす際に必要な事柄であって、それらについて調査することは、特定の相続人の権利主張に加担することにもなりかねず、遺言執行の公正性を危うくする行為にもなりますし、遺言執行者の最も大切な職責である遺言の内容の実現にも、直接関わらない事柄とも言えるからです。
 生前贈与の存否、預貯金引き出し履歴等の調査については、その調査を必要とする相続人等自らが行うべき事柄といえます。


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