弁護士
本橋 光一郎
① A H20.2.14 死亡(97才)
A H17.11.11(93才)
遺言「私が亡くなったら、財産については、私の世話をしてくれた長女のXに全てまかせますよろしくお願いします」
② X→Y(銀行) 普通預金、定期預金計1010万円余の支払を求めた。
③ 一審 大阪地裁堺支部 H25.3.22判決
Xの請求 主位的 1010万円余の即時支払い
予備的 ・126万3721円 法定相続分
・定期預金1010万円余の支払につき、将来の満期日における請求
一審判決の要点
本件遺言は、Xに対して遺産分割手続につきXを中心にして行なうよう要請した趣旨であるとして、Xが遺贈を受けたとする主張を認めず、法定相続分の部分のみ、しかも、定期預金については満期日以降の部分の請求のみを許容して、その余のXの請求を棄却した。
① 遺言の解釈(最判S58.3.18 裁民138.277)
遺言の解釈に当たっては、遺言書の文言を形式的に判断するだけではなく、遺言者の真意を探究し、遺言書作成時の事情及び遺言者の置かれていた状況などを考慮して、遺言の趣旨を確定すべきである。
Xの主張 Xへの包括遺贈
Yの主張 Xへ遺産分割手続きを任せる
×Xへの包括遺贈
×Xへの遺産の管理・処分権付与
×Xへの相続分(民902条)、遺産分割方法(908条)の指定委託
なお、民902条1項「第三者」についての解釈
a説 相続人・包括受遺者を含まない(大阪高決 昭49.6.6 中川・泉・島津、我妻・唄)
b説 相続人・包括受遺者も含まれる(我妻・有泉・遠藤・川井)
c説 b説であっても、自分を指定する場合は含まれない。
② 前提となる事実経緯
S42 奈良県生駒市に土地を取得し、土地上に建物を建築した。
H14.6 公正証書遺言作成
X(長女)、次女、三女(補助参加人)に3分の1ずつ 全財産を分ける
三女の夫 遺言執行者(当時は、A夫婦は三女夫婦と同居していた)
H14.10 自筆証書遺言
土地建物は、妻に相続させる。
妻死亡時に三女に相続させる。
H14.12 H14.6公正証書は状況が変わったので、撤回するとの自筆証書遺言をした。
H15 土地建物を売却、A夫婦は施設に入った。
H17 財産については、「私の世話をしてくれたXに全てまかせますよろしくお願いします」との自筆証書遺言(本件遺言)を作成した。
③ 一審(大阪地裁堺支部)の認定
Aは、Xに世話になっていたことは確かである。H18、Xは700万円をAからお礼と今後の期待による贈与として受取った。Xは、A死亡当日732万円をゆうちょ口座から引き出して、保管している。H14、公正証書作成の際は、「相続させる」という認識があった。しかし、本件では、「Xにまかせる」としか記載していない。遺産分割の手続の中心となって行うよう委ねる趣旨と解するのが相当である。相続分及び遺産分割方法の指定の委託をいう趣旨まで読み取ることはできないというべきである。
④ 上記大阪高裁の判断
・参加人が主張するような遺産分割手続を委せるという意味であるとは考え難く(本件遺言が遺産分割手続きをすることを委せる趣旨であるとすると、そもそもそのような遺言は無意味である)、Aの遺産全部をXに包括遺贈する趣旨であると理解するのが相当である。
・A夫婦と三女(参加人)夫婦は、別居後(H15頃)交流が途絶えていた。また、妻は、うつ病で精神状態が悪化しており、H19特養ショートステイ、H22特養入所H15 A夫婦施設に入所した。その後もXは、施設をしばしば訪れて、世話をしていた、上記の事実も理由づけとして加えている。
・公正証書記載「相続させる」
自筆証書記載「全てまかせます」と法律的意味の違いを認識して表現を使用したものとはいえない(一審とは異なる判断)。
・満期前払戻しにつき、銀行に応じなければならない義務があるとする根拠は見出し難い。満期の翌日以降遅滞となる(この点は一審と同じ)。
① [参考判決]東京高判S61.6.18(判タ621号141頁)「財産を全部まかせる」旨の自筆証書遺言が遺贈の趣旨ではないとされた事例
一審 浦和地裁 原告(被控訴人)請求
原告(被控訴人)(S56年自筆証書遺言において遺言執行者と指定されていた者。その自筆証書遺言では、相続人ではない第三者、Aとかつて交際していた女性Bに遺贈されたと主張した)は、Bが財産の遺贈を受けたとして、唯一の相続人(被告・控訴人)(長女)がしていた土地相続登記の抹消を求めた。
原告の請求を認容(「まかせる」は遺贈の趣旨と認めた)
二審 上記東京高判
「まかせる」とは「事の処置などを他の者に委ねて、自由にさせる。相手の思うままにさせる」ものであって、「与える」という意味を全く含んでいない。
Bが入籍しなかった理由は、はっきりしない。身辺の世話をしたに止まった。全財産を遺贈してでも感謝の気持ちを表すのが当然であるといえる関係ではなかった。
その以前のS43には自筆証書にて妻に全財産を与えるとの遺言があった。なお、妻はS54死亡した。
被告(控訴人)(長女)は、Aの反対を押し切って結婚していた。Aは、被告(被控訴人)(長女)とは必ずしもしっくりいっていなかったが、孫(被告の長男)とは何のわだかまりもない交流があった。長女に何の財産も残さないような遺言をするような状況にはなかった。
・「譲る」と記載した遺言書を作成しようとしたが、そうしなかったという経緯があった。長女の立場も考慮して、話しあって円満に解決したいと思い、遺贈につき、確定的な意思表示をすることを避けたものと考えられる。本件遺言の真意が、Bに全財産を遺贈することにあったものと認めることはできない。
② 参考判決と本件判決の違い
文言が不明確な場合には、遺言に至る経緯の事実関係が、遺言の解釈に影響を与えている。全財産を「与える」「譲る」という効果を意味しているかどうかにつき、「まかせられた人物」と遺言者との間柄等も実際上影響してくると思われる。
ちなみに、参考判決 - 他人 ⇒ 遺贈否定
本件判決 - 長女 ⇒ 遺贈認める
文言が明確ならば、原則として、そのような事実関係は影響を及ぼさない(大して関係がない人に財産をあげても、有効となる)。なお、明らかに不自然な場合には、遺言が真意に反するもの、あるいは、意思能力を欠くとして、遺言の効力が生じない場合もある(京都地判 平25.4.11 判例時報2192号92頁)。
③ 参考判決、本件判決は、いずれも自筆証書遺言の場合であった。文言の明確化、専門家への相談、できれば公正証書によるとかの配慮が紛争の発生を防止することは少なくとも指摘できる。
④ なお、本件大阪高裁平25.9.5判決については、上告・上告受理申立がなされましたので、上告審・最高裁の判断が待たれる。