弁護士
本橋 光一郎
相続に関連する紛争はさまざまありますが、とりわけ多いのが、被相続人の生前に被相続人の了解なくその預金を共同相続人の1人が引き下し取得したことに基づく他の相続人からの不当利得の返還請求案件です。
その他、被相続人の死後に、他の共同相続人の了解なしに相続人の1人が被相続人の預金を引き下し取得したことに基づく他の共同相続人からの不当利得返還請求案件も多数見受けられます。
それらの不当利得返還請求の場合に他の共同相続人の主張できる権利割合が問題となった注目される判決がありますのでご紹介いたします。
(1) 原告Xと被告Yは、いずれも被相続人Aの子です。Yは、Aの生前にAの了解なくAの預金
口座から9844万円を引き出し取得していました(「生前出金」といいます)。Xは、Y及
びYに協力したBを相手方として、不法行為損害賠償として9844万円についてXの相続分
たる2分の1相当額4922万円の支払を求め、訴訟(別件訴訟)を提起し、裁判所はY及び
Bに対してXの請求金額のうち4718万円の支払いを命じ、XはYより同額の支払を受けて
いました。
(2) Yは、Aの死後、Aの預金口座よりXの了解なく259万円を引き出し取得していました
(「死後出金」といいます)。
(3) Xは、上記の生前出金に関し、YによるAの預金口座からの無断出金は、Aに対する不当利
得にも当たる、Xは、Aの不当利得返還請求権を相続したが、Yには特別受益があり、Xの具
体的相続分は法定相続分である2分の1を超えていた、上記生前出金にかかる請求権の相続分
をXの具体的相続分で計算し直すなどすると、Xが相続すべき金額として2132万円が未払
いであるとして、Xは、この未払金並びにこれに対する法定利息の支払を求めました。
(4) また、Xは上記死後出金に関し、Yは、Yの具体的相続分は0円であるにもかかわらず、A
の死後にもAの口座から金259万円を出金し取得しているとして、Yに対しYが受領した死
後出金の全額259万円及びこれに対する法定利息の支払いを求めました。
(5) これに対し、Yは、上記生前出金については別件訴訟の判決に基づきXの(法定相続分に基
づく)権利分を支払済であり、それ以上に支払う分はないと反論しました。
また、上記死後出金については、葬儀費用等の正当な費用にあてられた分は控除されるべき
であるし、また、そもそもXの法定相続分を超えて、死後出金の全額につき、支払を求めるX
の請求は過大であると反論しました。
これは、そもそも被相続人AがYに対して有していた不当利得返還債権という金銭債権につ
いての相続案件である。金銭債権の相続は、法定相続分ないし(遺言により相続分指定がなさ
れていたときは)指定相続分によるものである。いわゆる具体的相続分によるものではない。
(遺言がない)本件では、法定相続分によることになる。法定相続分によりXから相続した
生前出金についての不当利得返還請求権は、別件訴訟による金額をYがXに対し支払って解決
済であるので、生前出金に関する(具体的相続分に基づく)Xの請求は理由がない。
Yは葬儀費用等の必要な費用についての出金分は控除されるべきであると主張するが、それ
らの費用についてAからYに出金を委託されたという事実は認められず、Yが喪主として負担
するべき出金部分もあり、それ以外についても共同相続人たるXが負担すべきものはないの
で、費用の控除は認められない。
また、Xが死後出金について、Yに請求できるものは、Xの法定相続分の限度に止まるもの
である。すなわち、Aの死後、Aの預金は、相続人たるXとYが遺産として準共有(本件で
は、その準共有持分は、XとYの法定相続分たる各2分の1宛)していたものであって、その
準共有持分2分の1を超える部分のみがXの損失となるものである。したがって、死後出金額
259万円の2分の1たる129万円余がYの不当利得額となるので、裁判所は、Xの請求の
うち129万円余(及びこれについての法定利息)のみの支払を命じた。
(1) 本判決は、生前出金及び死後出金の不当利得についても、その請求は、法定相続分に基づく
ものであることを明確にしたものであるとして重要なものであるといえます。
なお、本件は遺言がなかったケースでしたが、遺言がある場合は、法定相続分ではなく(遺
言により定められた)指定相続分に基づきますので、その点は、注意を要します。
(2) 生前出金についての不当利得返還請求権が、金銭債権の相続として、請求する相続人の法定
相続分(ないし指定相続分)に基づくことは、容易に首肯できると考えます。
また、死後出金の不当利得返還請求権についての判断として、法解釈上、本件判決は妥当な
ものであると言えますが、その結論にはやや疑問が残るのもたしかです。
すなわち、その出金がなされていなければ、預金は遺産の中に存在し、最大決H28.
12.19により預金は遺産分割の対象となります。そうすると特別受益等が考慮されて、
具体的相続分の算定がなされて、それに基づき公平妥当な分割がなされることになります
(その場合、既に大きな特別受益を受けていた相続人については、当該預金を全く取得で
きないことがあり得ます)。
しかし、本件の場合のように、死後出金がなされておれば、その部分については(本件判決
のように)法定相続分による解決・精算がなされることになります。したがって、その意味で
は、死後出金により取得した相続人が(既に大きな特別受益を受けていた場合には)実際上
結果として得をしてしまうということにもなりかねませんので、注意するべきです。
(3) なお、平成30年民法(相続法)改正により、民法906条の2〔遺産分割前に遺産に属
する財産が処分された場合の遺産の範囲〕が新設されました(令和元年7月1日施行)ので、
今後は、同条の活用をも視野に入れるべきでしょう。必要に応じ「みなし遺産確認請求訴訟」
を提起することも考えられます。(※本件は、Aの相続開始が、令和元年7月1日より前の
事案であり、改正民法906条の2は、適用されない事案でした)