弁護士
本橋 光一郎
被相続人Aが死亡し、その相続人は妻Bと子Y1、Y2でした。Xは金融機関であり、Bに対し金融債権を有していました。XはBに対し、支払債務の履行と、Aの遺産たる本件建物についてBへの相続を原因とする移転登記手続をするよう求めました。
しかしB、Y1、Y2は、本件建物についてY1、Y2が持分2分の1宛相続により取得する旨の遺産分割協議を成立させ、その旨の登記を経由しました。そして、Bは、その後、自己破産を申立てました。
Xは、上記遺産分割協議は詐害行為に当たるとして、Y1及びY2に対し、遺産分割協議の取り消し及び法定相続分に応じた持分となるようBに対する所有権移転登記手続を求めました。
第1審、第2審はいずれも、Xの請求を認容しました。
Y1、Y2は、遺産分割協議は詐害行為取消権行使の対象とはならないとして上告を申立て、その理由として、①詐害行為取消権は、債務者による債務者の財産を減少させる行為を対象としているものであるところ、本件の行為はそれに当らない、②最高裁昭和49年9月20日判決は、相続放棄が詐害行為取消権の対象とならない旨を判示しており、これは、相続放棄のような身分行為については他人の意思で強制されるべきでないことによるものであって、本件の遺産分割協議についても同様に、詐害行為の対象とならないなどと主張しました。
本件において、最高裁は「共同相続人の間で成立した遺産分割協議は、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。」「遺産分割協議は、・・・その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができる。」などと判示し、Y1、Y2の上告を棄却しました。
1 詐害行為と財産権を目的としない行為
「債権者は、債務者が債権者を害することを知ってした行為の取消しを裁判所に請求すること
ができる。」とされています(民法424条1項本文)。この債権者の権利は詐害行為取消権と
呼ばれております。
また、民法424条2項は「前項の規定は、財産権を目的としない行為については、適用しな
い。」と定めております。すなわち、婚姻や養子縁組のような身分行為については、行為をする
者の意思(身分行為意思)が尊重されるとして、詐害行為の対象から除外しているものです。
2 「相続放棄は詐害行為取消権の対象とならない」とする判例(最高裁昭和49年9月20日判
決)と本件判決との整合性
(1) 最高裁昭和49年9月20日判決は、「相続の放棄のような身分行為については、民法42
4条の詐害行為取消権行使の対象とならないと解するのが相当である」と判示し、その理由と
して、①詐害行為取消権行使の対象とする行為は、積極的に債務者の財産を減少させる行為で
あることを要するところ、相続放棄は、消極的に増加を妨げる行為にすぎないこと、②相続放
棄のような身分行為については他人の意思によってこれを強制すべきでないものであって、相
続の放棄を詐害行為として取り消しうるものとすれば、相続人に対し相続の承認を強制するこ
とと同じ結果となり、不当であることなどをあげています。
(2) 本件最高裁判決と上記最高裁昭和49年9月20日判決の考え方を総合して理解するとすれ
ば、①相続放棄は、「相続放棄自由の原則」といわれているとおり、熟慮期間内に、相続人が
相続放棄することは自由であり、相続人の意思が尊重され、詐害行為取消の対象とはならな
い、②相続放棄がなされなかったときは、相続人は遺産共有者として、遺産につき一定の財産
権(相続分)を保有しているのに、遺産分割協議により遺産を取得しない、あるいは、相続分
を下回る遺産しか取得しないとすれば、自己が有している財産を積極的に減少させたといえる
ので、その遺産分割協議は詐害行為取消の対象となるということになります。
1 相続人間に無資力者(本件ではB)がいる場合には、その者については、相続放棄をした方が
債権者からの介入を受けずに遺産相続を実現できることになります。すなわち、本件事案におい
て、Bが相続放棄したうえで、本件建物についてY1、Y2が2分の1宛取得する旨の遺産分割
協議したとすれば、X(債務者Bに対する債権者)から詐害行為取消請求権の行使をうけること
もなかったものです。この点は相続放棄をするか否かについて判断する場合に、実務上、考慮す
べき事柄となります。
2 また、通常、遺産分割協議は、契約自由の原則に従い、相続人間で自由に分割内容を定められ
るとされており、必ずしも法定相続分どおりでない分割をすることも問題がないとされていま
す。しかし、本件事案のように、相続人の中に無資力者がいる場合には、その遺産分割協議の内
容如何によっては、債権者から詐害行為取消請求権の行使を受けるという問題が生じ得ますの
で、この点も実務上、留意すべき事柄といえます。