弁護士
本橋 光一郎
本件判例の事案はかなり複雑なので、ここでは、その重要な事柄につき説明します。
母は平成26年12月30日に死亡し、相続人は長男Xと長女Yの二人でした。
母は、平成8年に全財産の6割をXに、4割をYに相続させるという内容の自筆証書遺言を作成していました。
Yは平成12年3月から同27年3月までの間に母の預貯金のうち2614万4010円(判決の認定による額)(Xの主張による額は2787万0685円)を取得していました。
Xは、Yが母の預貯金2787万0685円を取得し、着服・費消したとして、不法行為又は不当利得に基づきその6割の金額の支払請求をしました。
これに対して、Yは、そもそもX主張の金額のうち一部を取得していないし、また、Yは、母の承諾を得て受取ったものであり、その受取った金額からAの生活費・医療費等を支出していたので、不当利得又は不法行為は成立しないと反論しました。
裁判所は、まず、Yが、平成13年以降、計2614万4010円を取得したことを認めました。また、「母が元気な時から預貯金の払戻しを頼まれたり『自分に何かあったらお願いします』と財産の管理を託されたりしていた」とのYの陳述につき、母のこの発言は、母が平成8年12月に全財産の6割をXに相続させる旨の自筆証書遺言をしたことに照らせば、Yが母の現預貯金等を母の相当な額の生活費や医療費に限って使用することを承諾したものと解するのが相当であると判断しました。要するに、母としては、預貯金の使用についてYにすべてをまかせていたのではないと理解したものと言えます。そのうえで母の死亡するまでの約13年間の必要な生活費、医療費を約2204万円と見積り、それとYが返金した分を差引き控除した金額305万3845円の6割相当の183万2302円及び遅延損害金の損害をXは被ったと認めるのが相当であるとして、YはXに対してそれを支払うよう、裁判所は判決において、命じました。
被相続人の生前に払い戻された預貯金について返還支払を求める場合の法律構成としては、①不当利得(民法703条)、②不法行為(民法709条)、あるいは、③委託契約上の義務に基づく請求(民法643条以下)などが考えられます。
実際の訴訟においては、上記のうち①②によるものがほとんどです。なお、③の構成をとることは少ないですが、委託の主張があって、その委託の範囲を超えて取得・費消された部分について、①②に基づき返還支払を求めることも多いです。本件の事案もそれに当たります。
親子などの親族間での預貯金の預り、委託については、書面などの取り交わしがないことが多く、委託の有無、委託者の能力、委託の趣旨・内容について後日紛争が生じることも多いといえます。
できることなら、委託内容を確認した書面、遺言書の作成をしておくことが望ましいといえます。
また、預貯金を預った者としては、少なくとも、その支出関係について支出明細メモ、領収書その他の帳票の保存等を心がけておくべきです。