親の名義で開設された普通預金口座及び定期預金口座について、その預金者は名義人である親ではなく、その子であると認定された事例(名義預金についての判断事例)(東京地裁令和5年7月18日判決)

弁護士

本橋 光一郎

  • 第1 事案の概要(事案は簡略にしてあります)

     原告Ⅹは被告Yの子で、被告Yは原告Xの父である。Yには令和2年に成年後見人が選任されている。
     平成7年頃A銀行にY名義の普通預金及び定期預金口座(以下、本件預金口座という)が開設された。
     Xは、本件預金口座の預金債権について、Xの預金債権であると主張し、Y(Yの成年後見人)は名義人たるYの預金債権であると主張して、預金債権の帰属につき、争いがある。

  • 第2 Xの請求及び双方の主張

     Xは、本件預金口座の預金者はXであるとして、XとYとの間において、その預金債権がXに帰属することを確認する旨を請求した。
    (Xの主張)
     本件預金口座の開設場所は、X自身の名義の預金口座を有しているところの、X勤務地に近いA銀行の支店であり、本件預金口座の開設時にはXYが同支店に同道して開設手続きが行われていた。本件預金口座については、Y住所を登録住所地として開設されていたため、取引明細書はY住所地に送付されていた。
     なお、本件預金口座のキャッシュカード、暗証番号、インターネット登録番号等はXが管理していた。本件預金口座には、通帳発行や印鑑届出等はなされていなかった。
     Yは銀行から送付されてくる取引明細書を毎週、定期的にX宅を訪ねる際に、Xに交付していた。
     本件預金口座のうち、Yに帰属するのはYの株式売却代金と配当金と税金還付金の入金のみであり、その余のすべての銀行取引はXにより入出金がなされているものであった。とりわけ、Xの勤務先からのXの給付の一部が毎月入金されていたのが、入金のうちの多数を占めていた。全体として見れば、本件預金口座はXの預金債権であるといえるものである。
    (Yの主張)
     本件預金口座の開設手続は、名義人であるYが立会い、Yが本人確認書類も提出していたはずである。
     本件預金口座には、Yの株式売却代金が入金されているほか、配当金、税金還付金も入金されており、本件預金口座の預金債権者は、名義人たるYである。

  • 第3 裁判所の判断

     本件預金口座の取引に要するキャッシュカード等はXが管理していたものとであって、本件預金口座は、Xによる取引に便宜な箇所で開設され、その取引内容もXのためのものが大半を占めており、Yの資金3件(株式売却代金、配当金税金還付金)の入金は預金口座がY名義であるゆえ、Yのために単発的・便宜的に入金されたものと説明できる。また、取引明細書については、Y名義での預金口座である以上、Y住所に送付されるからといって、当然にYの預金であるとまではいえない。そうすると、本件預金口座の預金者は、その名義に関わらず、Xであるものと認められる。

  • 第4 検討とコメント

    1 預金者の認定と学説、裁判例

    (1)いわゆる名義預金における預金者の認定については、従来、学説上、①客観説(客観的に預金の出捐者がだれであるかに重きを置く説)、②主観説(預入行為をした主体がだれであるかに重きを置く説)、③折衷説(基本的に客観説に立ったうえ、預入行為が自己を預金者であると明示的、黙示的に表示した場合は預入行為者が預金者となるとする説)などがあり、従来の裁判例としては、(無記名式定期預金の場合などにつき)客観説が多く採用されているといわれていた。
    (2)その後、最高裁H15.2.21判決(「損害保険会社代理店」事件)、最高裁H15.6.12判決「弁護士個人口座預り金事件」が現われ、それらの判例の理解として「預金原資の出捐関係、預金口座開設の経緯、出捐者の預金口座開設名義人に対する委任内容、預金通帳及び届出印の保管状況等の諸要素を総合的に勘案した上で誰が自己の預金とする意思を有していたかという観点から預金者を判断する」といういわゆる総合考慮説が有力に唱えられている。

    2 本判決における判断及び結論

     本判決においては、従来いわれていた客観説、主観説、折衷説のいずれかの立場をとるという考え方はとらずに、預金口座開設の経緯、態様、入金頻度、入金の内容、預金口座の管理状況等を総合考慮して、本件預金口座の預金者がだれであるかを判断したものです。本件判決は上記1(2)の総合考慮説の立場に立ったものと考えられます。
    本判決の判断及び結論は妥当なものといえます。