遺産分割審判前の保全処分の申立てが認められなかった事例 (東京高裁令和3年4月15日決定)

弁護士

本橋 光一郎

  • 1 遺産分割審判前の保全処分

     遺産分割調停や遺産分割審判を申立てた場合に、最終的に調停が成立して、あるいは、裁判所の審判が出されて、案件が終了解決となるまでには、一定の時間がかかります。その間に、財産処分がなされたりしてしまうと、本来の権利の実現が困難となってしまうことがあり得ます。そのような場合に対処するため、暫定的に権利者の保護を図る制度が審判前の保全処分です。

  • 2 事案の概要

     保全処分の申立人(X)は、相手方(Y)に対する損害賠償請求を認容した確定判決を有する債権者です。Yは、被相続人(A)の相続人です。
     Xは、Yを代位して債権者代位により、Aの遺産についての遺産分割調停を申立てました。そして、Xは、Aの遺産である不動産につき、審判前の保全処分として、Yを相手方とする処分禁止の仮処分を申立てました。
     原審(さいたま家裁)は、Xが金銭債権者であることから、本件不動産について処分禁止の仮処分の被保全権利を有しているとは認められないとして、Xの申立を却下する審判をしました。
     Xはこれを不服として、抗告を申立てました。

  • 3 本件(抗告審・東京高裁)の決定

     (1) 遺産分割調停の申立てをしたうえで、審判前の保全処分として、特定の遺産の処分禁止の仮処分を求める場合には、調停が終了した後に移行される遺産分割の終局審判において、当該遺産(本件不動産)につき保全処分の相手方への給付が命ぜられる一応の見込みがあることの疎明を必要とする。
     (2) しかし、本件では、Xは終局審判で本件不動産についてYへの給付を命ずることになる見込みについては何ら具体的な主張・疎明をしておらず、遺産分割調停を申立てたことを根拠に、Xが本件不動産について遺産分割請求権や管理処分権を有している旨の主張をしているのみであって、これでは被保全権利の疎明があるものとはいえない。よって、Xの本件抗告には理由がなく、これを棄却する。

  • 4 検討

     (1) 本件は、相続人Yに対して金銭債権を有する債権者Xが、Yに代わって債権者代位をして、被相続人Aの遺産について遺産分割を申立てた事案です。
    債権者代位による遺産分割調停の申立てができるかどうかについては、学説上、債権者代位による遺産分割調停の申立を肯定するのが通説となっており、裁判所の実務としても、債権者代位による遺産分割調停申立は認められております。
     (2) なお、通常、「審判前の保全処分」と称されますが、必ずしも家事審判(たとえば遺産分割審判)事件として係属していることが前提とされるものではなく、遺産分割調停事件が係属している場合でも、この保全処分を利用することができます(家事事件手続法105条1項)。

  • 5 実務上の留意点

     (1) 相続人に対して債権を有する債権者は、債権者代位権を行使して、遺産分割調停・審判を申立てることができますので、債務者たる相続人が、債務の支払もせず、遺産分割もしないときには、債権者代位権を行使して、調停・審判の申立てをすることも考慮に入れるべきです。
     (2) 家事調停の申立てをした場合には「審判前の保全処分」を活用し得るのはたしかですが、家事調停を申立てたこと自体により当然に保全処分が得られるわけではなく、終局の家事審判を見通したうえで、保全処分の本案となる権利が形成される可能性があることの疎明が必要になることに注意するべきです。
     (3) 本件決定の事案では、相続人Yの債権者たる抗告人Xは、本件不動産についての処分禁止を求める保全処分の申立てをしています。もし、本件不動産について、債権者代位として相続登記を経たうえで、処分禁止の仮処分ではなく、差押え(本件ではXはYに対し支払を命じる確定判決を有していたので差押えが可能です)ないし仮差押の申請をすることも考えられます。そのような他の手段を講ずる余地があったのではないかと考えられます。