弁護士
本橋 光一郎
当事者間で遺産分割が未了であることを確認した調停調書がある場合に、遺産分割協議の不存在の確認を求める訴訟が認められるのかは問題となります。というのは、調停調書は、確定判決と同一の効力を有するとされていますので、調停成立後に遺産分割協議が不存在であることの確認を訴訟により求めるのは、屋上屋を重ねるもので、無用無益であって、「確認の利益」を欠いて、不適法なものとして訴えは却下されるべきでしょうか。
そのような「確認の利益」が問題となった事案がありますのでご紹介いたします。
原告Xは、亡父B、亡母C間の長女であり、被告YはXの妹(次女)です。BCが創業した株式会社A(A社)があり、A社の代表取締役は、昭和28年 設立時からBが死亡した同37年まではBが、同37年からCが死亡した平成14年まではCが、その後はYが、それぞれ務めています。被相続人Cの相続人は、XとYの2人だけです。
XはYを相手方として、平成29年8月東京家裁に亡Cの遺産に関する紛争調整の調停を申立てました。上記事件については、調停期日が2回開かれまして(X代理人弁護士、Y本人出頭)、最終的に同年12月、亡Cの遺産について遺産分割が未了であることを当事者が相互に確認する等の調停条項による調停が成立しました。
その後平成30年3月にYは上記調停条項につき合意しておらず調停は不成立で無効であると主張して、東京家裁に期日指定を申立てましたが、同家裁は、期日指定の職権発動はしないと判断しました。また、Xは同年3月にYを相手方として東京家裁に遺産分割調停を申立てましたが、Yが「遺産分割協議は既に成立しているので、遺産分割協議には応じられない」旨の意見書を出したこともあり、同家裁は、同年7月家事事件手続法271条により本件遺産分割調停事件の調停をしない旨を決定し、(遺産分割審判に移行することなく)上記調停事件は終了となりました。
そこでXは平成31年2月にYを被告として東京地裁に「XとY間において亡Cの遺産についての遺産分割協議が存在しないことを確認する」等を求める訴訟(本件訴訟)を提起しました。
Yは、本件訴訟において「亡Cの遺産である北新宿の不動産について平成15年7月に『平成14年6月21日相続』を原因とするYへの所有権移転登記がなされており、その登記申請書には「相続証明書」が添付されていたことが判明しており、その「相続証明書」として「遺産分割協議書」が含まれていたはずである(ただし、その写は、法務局の保存記録上残されていない)。よって、遺産分割協議書が存在していたものである。また、前記調停調書はYの錯誤により作成されたものであって無効である。」などと主張しました。
東京地裁は、「本件訴訟は調停成立後に提起されたものであるが、Yが調停無効を主張して期日指定の申立てをしており、Xの遺産分割調停申立が家事事件手続法271条により事件終了と判断され、遺産分割審判に移行することもなかったという本件の経緯に照らすと、将来Xが家裁へ改めて申立てる予定の遺産分割手続が膠着する事態を防止するために、本件訴訟には確認の利益がある。また、前記調停は調停委員会において双方の意思を確認して成立となったもので、Yの錯誤は認められず、有効なものである。北新宿の不動産についての相続登記の際に、仮に遺産分割協議書が付されていたとしても、その内容は不明であるし、その書面がXの意思に基づくものか明らかでない。」などと判断して、Xの請求を認容しました。
本件は、代理人弁護士をつけないでY本人自らが調停に出席して、調停における合意を成立させてしまったが、後日、成立した調停内容にYとしては不備があり、不服であると考えたケースです。
調停は裁判所における大事な手続きであって、Yとしては、調停での対応には慎重を期すべきであり、できる限り代理人弁護士を選任しておいた方が良かったといえます。Xとしては、調停において遺産分割が未了であることを確認してもらっていたのに、その後にYが調停内容とは異なって遺産分割協議は成立済として、遺産分割協議に応じないのは、納得できないし、そのような場合に、家裁が家事事件手続法271条により「遺産分割調停を行わない」として事件を終了させて、遺産分割審判へも進めないのでは解決への途をふさがれてしまうので、止むをえず「遺産分割協議が不存在であること」の確認を求めて、本件訴訟を提起したものです。東京地裁がXの本件訴訟につき確認の利益を認めたのは妥当と考えます。