遺言書の破棄、隠匿がなされたとしても、相続に関して不当な利益を得る目的(=いわゆる『二重の故意』)がなかったときは、相続欠格者には当たらないとされた事例(最高裁 平9.1.28判決)

弁護士

本橋 光一郎

  • 第1 事案の概要(簡略化してあります)

    1 被相続人A(父親)の相続人は、二男である原告X、長男である被告Y、外4名の計6名でし
     た。
    2 Aは、生前、B社に賃貸中のA所有土地をB社に売却して得た代金は、(Yが代表取締役を務
     める)C社に寄付するが、これをもってC社の借金の返済に充てるようにという趣旨の自筆証書
     遺言を作成し、これをYに預けました。
    3 当該土地につき、AとB社間で売買契約は締結されていましたが、所有権移転登記が完了しな
     いうちに、Aは死亡してしまいました。
    4 Aの死後、Aの相続人ら間で、当該土地をYが相続する旨の遺産分割協議が成立しました。そ
     の遺産分割協議の際、自筆証書遺言書は、見当たらず、Yは、Xらに示すことはできず、遺言書
     はYが代表取締役を務めるC社の職員Dが焼却した旨を述べていました。

  • 第2 当事者の主張等

    1 Xの主張及び請求
      Yの行為は、Aの遺言書を破棄又は隠匿したものであって、民法891条5号に該当し、Yは
     相続欠格者であり、相続権を有しないし、また、相続権を有しないYが参加してなされた遺産分
     割協議は無効であるので、それらにつき確認を求める。
    2 Yの主張
      相続欠格事由となる遺言書の破棄、隠匿は、相続人の「故意」に基づくものでなければならな
     い。Yは、「B社からの受領代金をC社に寄付する」旨の遺言書はあったが、D(Yが代表取締
     役を務めるC社の職員)が破棄してしまったと、Y自ら積極的に述べており、Yには上記の故意
     がなかった。よって、Yは、相続欠格者ではなく、遺産分割協議も有効である。

  • 第3 判決(1、2審及び最高裁)

    1 1審 宇都宮地裁は、Yは民法891条5号に該当する相続欠格者には当たらず、相続権を有
     するし、Yが参加した遺産分割協議も有効であるとして、Xの請求を棄却しました。2審東京高
     裁もXの控訴を棄却しました。そこで、Xは、最高裁に上告をいたしました。
    2 最高裁 H9.1.28 判決
      相続人が相続に関する被相続人の遺言書を破棄又は隠匿した場合において、相続人の右行為が
     相続に関して不当な利益を目的とするものでなかったときは、右相続人は、民法891条5号所
     定の相続欠格者には当たらないものと解するのが相当であると判示し、原審の判断は正当である
     として、Xの上告を棄却しました。

  • 第4 検討

    1 「二重の故意」の理論
      相続欠格の要件として民法891条各号該当行為についての故意の外に、相続に関して不当な
     利益を得る動機・目的(いわゆる二重の故意)を要するか否かが問題となります。
      民法891条1号~5号には、「相続上不当な利益を得る目的(二重の故意)をもっていたこ
     と」について、法文上、定めがありません。しかし、学説としては、「二重の故意」必要説が有
     力です。なお、「二重の故意」不要説もあります。不要説の根拠は、相続人の行為が客観的に遺
     言者の意思を妨害する場合は厳格にとがめるべきであるとしており、本件Xの上告理由の論旨で
     もありました。
    2 本件最高裁判決の評価
     (1) 本件最高裁判決は、民法891条5号の「遺言書の破棄又は隠匿」に関して「二重の故意」
       必要説を明確に採用したものと考えられます。
        具体的な事例から考えてみても、仮に当該相続人に全財産を包括して相続させるとの遺言が
       あるのに、当該相続人がそれを公開せずに、相続人ら間で法定相続分に基づく遺産分割協議を
       成立させたとします。その場合に、「二重の故意」不要説に立って、形式的に、当該相続人を
       遺言を隠匿した者として相続欠格者として扱い、上記遺産分割協議を無効にするという制裁を
       課してしまうのは、余りにも不合理であって、酷であると考えます。
     (2) 本件最高裁判決は、民法891条5号のうちでも「遺言書の破棄又は隠匿」がなされた場合
       に、相続欠格者に該当するには、「相続上不当な利益を得る動機・目的(二重の故意)を有し
       ていることが必要であることを明確に述べたものであると位置づけられます。すなわち、必ず
       しも、その他の民法891条の相続欠格事由全般について「二重の故意」理論が採用されたも
       のでないことに留意すべきです。