弁護士
本橋 美智子
この判例の事案を簡潔に紹介しましょう。
(1) 夫は、結婚後に自動車修理業を営み、これを法人化しました。
夫は、会社(D社)の代表取締役、妻も取締役となり経理を担当していました。
平成25年頃に夫に不貞行為を疑うような行動があったことから、夫婦仲が悪化し、夫は妻に暴力を振るって妻は約6週間の加療を要する傷害を負ったりしました。
その後、平成28年に夫は離婚訴訟を提起しましたが、妻は離婚を争い、裁判所は、婚姻関係は破綻していないとして、夫の離婚請求を棄却しました。
また、夫は妻を会社の取締役から解任したり、刑事告訴したりしましたが、いずれもその主張は認められませんでした。
(2) 妻は、公正証書遺言を作成し、その遺言で、夫が妻に対し虐待及び重大な侮辱を加えたので、夫を推定相続人から廃除する意思表示をし、遺言執行者を指定しました。
妻は、平成31年に死亡しました。
そこで、遺言執行者が、夫を妻の推定相続人から廃除することを求めて、本申立てをしたのです。
一審の奈良家裁葛城支部は、夫の一連の行為は、被相続人(妻)に対する虐待及び重大な侮辱にあたるというべきであるとして、夫を妻の推定相続人から廃除する審判を下しました。
しかし、抗告審の大阪高裁は、次のように述べて、原審判を取り消し、 遺言執行者の本件申立てを却下したのです。
「ア 推定相続人の廃除は、被相続人の意思によって遺留分を有する推定相続人の相続権を剥奪する制度であるから、廃除事由である被相続人に対する虐待や重大な侮辱、その他の著しい非行は、被相続人との人的信頼関係を破壊し、推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならず、夫婦関係にある推定相続人の場合には、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解するべきである。
イ 被相続人は、本件遺言において、抗告人(夫)から精神的、経済的虐待を受けたと主張し、具体的理由として、①離婚請求、②不当訴訟の提起、③刑事告訴、④取締役の不当解任、⑤婚姻費用の不払
い及び⑥被相続人の放置の各事由を挙げる。しかし、被相続人は、本件遺言時に係属中であった離婚訴訟において、婚姻を継続し難い重大な事由はないし、これが存在するとしても有責配偶者からの離婚請求であるか、婚姻の継続を相当と認めるべき事情があると主張して争ったうえ、本件遺言作成の後に言い渡された上記離婚訴訟の判決において、婚姻を継続し難い重大な事由(離婚原因)が認められないと判断された。しかも、被相続人の遺産は、Dの株式など抗告人とともに営んでいた事業(D)を通じて形成されたものである。被相続人の挙げる上記①ないし⑥の各事由は、被相続人と抗告人との夫婦関係の不和が高じたものであるが、上記事業を巡る紛争に関連して生じており、約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの5年余りの間に生じたものにすぎないのであり、被相続人の遺産形成への抗告人の寄与を考慮すれば、その遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものということはできず、廃除事由には該当しない。」
推定相続人の廃除とは、被相続人の意思によって、遺留分を有する推定相続人の相続権をはく奪する制度です(民法892条)。
廃除事由は、被相続人に対する虐待または重大な侮辱、その他の著しい非行です。
廃除をするには、被相続人または遺言執行者が家庭裁判所に請求をして、家庭裁判所が具体的に廃除を相当とすべき事由があるかどうかを判断して、廃除の可否を決定します。
夫婦間では、離婚が成立すれば、配偶者は推定相続人ではなくなるので、離婚原因と廃除の事由とが密接に関連していると考えられます。
そして、上記高裁決定のように、一般には、離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解されています。
なお、離婚原因の「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、一般に婚姻関係が破綻して修復の見込みがない場合をいうと解されており、必ずしも夫または妻の有責行為があることを必要としませんが、廃除の事由は「著しい非行」ですから、配偶者の有責行為によって婚姻関係が破綻して修復の見込みがないことが必要になると思います。