弁護士
本橋 美智子
16歳の息子(Z)は、令和2年5月に父(A)を殺害しました。
Aの子はZだけで、Aには配偶者はいませんでした。
Aの遺産をめぐって、Aの母であるX(Zの祖母)とZのいずれが相続人であるかが争われました。
民法891条1号は「故意に被相続人又は相続について先順位若しくは同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとしたために、刑に処せられた者」は、相続人となることができないと定めています。
相続欠格に該当すると、相続権がはく奪され、ZはAの相続人ではなくなり、Aの母であるXが相続人になるのです。
本事案では、Zは少年院送致という保護処分を受けたため、これが相続欠格事由に該当するかが争われたのです。
1 裁判所は、以下の理由から、民法891条1号の類推適用により、ZはAの相続において、相
続人となることはできないとして、Aの相続人はXのみであると判示しました。
2 民法891条1号の制度趣旨
「民法891条は、相続欠格について規定しているところ、同条1号は、故意に被相続人等の
生命を侵害し又は侵害しようとした相続人に相続を許すことは、相続制度を認めた趣旨に反し、
公平の観念に著しく背反するものであり、一般の応報的な倫理観念から、相続を禁止、拒否する
ものであって、すなわち、相続的協同関係を破壊する最たる行為に及んだ相続人につき、公益
上、徳義上の理由から、私法上、その相続権を剥奪するという制裁を課する趣旨であると解され
る。」
3 Zは「刑に処せられた者」に当たるか
(1) 「刑に処せられた」ことの意義
「民法891条1号は、『刑に処せられた』ことを要件として掲げているところ、これは、
裁判所において、民法891条1号所定の行為に及んだことが確認され、当該行為に及んだ
事実とそれに違法性があることを明らかにする趣旨であると解される。」
(2) 保護処分において民法891条1号を類推適用することの可否
「家庭裁判所においても、少年事件につき、民法891条1号所定の行為に係る非行事実
の存否を認定した上で、保護処分を下すことになるのであるから、相続人である少年につい
て民法891条1号所定の行為に及んだことが家庭裁判所の認定により明らかにされたもの
といえる。
少年である相続人が、民法891条1号所定の行為に及んだ場合において、少年法の制度
により、当該少年が刑事手続により刑罰を科せられることなく、少年院送致の保護処分にと
どまり、形式的に『刑に処せられた』に該当しない場合であったとしても、家庭裁判所にお
いて当該行為に及んだことが認定され、明らかにされた上で、『刑に処せられた』場合に相
当するものと認められるときは、同条1号を類推適用することができるものと解するのが相
当である。」
(3) 民法891条1号の「故意」の意義
「民法891条1号の『故意に』とは、同号の『被相続人又は相続について先順位若しく
は同順位にある者を死亡するに至らせ、又は至らせようとした』ことに対する故意があれば
足り、それ以上に当該行為により相続上の利益を得ることについての故意までは必要とされ
ないものと解するのが相当である。」
4 控訴審判決(東京高裁令和5年7月18日判決)も、Zの控訴を棄却して、一審判決を維持し
ました。
1 本判決は民法891条1号の故意について、欠格事由とされる行為を行うことの故意があれば
足り、相続上の利益を得ることについての故意は必要ないと判示しました(「二重の故意」の否
定)。
最高裁平成9年1月28日判決は、民法891条5号(遺言書の破棄・隠匿)については二重
の故意が必要であると判断しているので、民法891条各号についての解釈が異なることが適切
かという問題は残ります。
2 執行猶予については、刑の猶予期間の経過により、刑の言渡しの効力が失われることを理由
に、相続欠格に当たらないとするのが通説です。このことと、本件との結論にバランスがとれな
いのではないかとの疑問は残ります。
また、そもそも民法891条について類推適用を認めるべきかについても、意見が別れている
ところです。