弁護士
本橋 美智子
この判決の事案を簡潔に紹介しましょう。
(1) 父が亡くなり、相続人は、長女、長男、二女の3人でした。
二女は、長男が持ち去った父名義の預金通帳等の開示を求めて、家庭裁判所に、親族間の紛争調整調停の申立てをしました。その調停で、不動産、預貯金等の遺産についての分割方法の内容を定め、その内容を前提に別途遺産分割協議を行うことを約束する旨の調停(本調停)が成立しました。
(なお、第2回の調停については省略します。)
(2) しかし、長女、二女は、その調停内容の遺産分割協議書を締結しませんでした。
そして、長女は、本調停において、調停の内容の説明を受けておらず、調停の内容を理解する判断能力もなかったとして、調停における意思表示は錯誤により無効であると主張して、地方裁判所に本調停の無効の確認を求める本訴訟を提起しました。
一審のさいたま地裁は、長女には判断能力があり、調停委員から適切な説明を受けていたとして、長女の請求を棄却しました。
ところが、東京高裁は、本件のように家事事件手続法別表第二に掲げる事項の調停については、地方裁判所が家庭裁判所で成立した調停の無効について判断することは許されないとして、長女の訴えを却下したのです。
家庭裁判所で成立した遺産分割の調停について無効を主張する場合に、その方法については、この事案の一審判決と控訴審判決では、見解が異なっています。
そして、これまでこの点について、学説の議論も乏しく、裁判例もほとんどなかったと言われています。
上記の控訴審判決によれば、成立した遺産分割の調停について無効を主張する場合には、家庭裁判所に調停期日の指定を求め、調停が不調の場合には、審判に移行して遺産分割についての審判がなされ、それが不服の場合には、即時抗告によって、救済を求めることができるとしています。
しかし、必ずしもこの方法が、家庭裁判所の実務として定着しているとはいえないと思います。
本事案の調停は、遺産分割の調停ではなく、親族間の紛争調整調停であったため、成立した調停調書に基づいて、不動産の移転登記等ができず、調停と同じ内容の遺産分割協議書を作成する必要がありました。
そして、通常の遺産分割調停についても、家庭裁判所で遺産分割の調停が成立すると、これを無効とすることは極めて難しいので、調停手続についても弁護士に相談する等成立前に慎重に検討することが重要です。