遺言能力がないとして自筆証書遺言が無効とされた事例  (東京高裁令和元年10月16日判決)

弁護士

本橋 美智子

  • 1 自筆証書遺言の方式

     自筆証書遺言は、遺言者がその全文、日付及び氏名を自書して、これに  
    印を押さなければなりません。
     自筆証書遺言は、自分で遺言を書けばよいので、簡単で費用もかからな  
    いので、広く利用されています。
     遺言者が死亡後に自筆証書遺言を保管、発見した人は、家庭裁判所に遺 
    言検認の申立てをする必要があります。

  • 2 遺言をするには、遺言能力が必要

     遺言をするのは、遺言者に遺言能力が必要です。
     遺言能力がない遺言者が作成した遺言書は無効となります。
     遺言能力とは、遺言事項を具体的に決定し、その効果を弁識するのに必  
    要な意思能力をいうと解されています。
     近年、特に認知症の高齢者が増加しており、遺言を作成した遺言者にこ 
    の遺言能力があるかどうかが争われる事例が増加しています。

  • 3 本判例の事案

     Aさんは、平成21年、86歳の時に自筆証書遺言を作成しました。
     その内容は、「遺言状 私、Aは、土地建物預金現金を長男Y1にゆずる。平成21年12月4日 A 印」という比較的簡単なものでした。
     Aの相続人は、子供の5人で、そのうち二男と二女が他の相続人に対して遺言無効確認の訴訟を提起したのです。

  • 4 一審判決の内容

     一審の東京地裁立川支部は、本件遺言書の内容が単純で理解が容易なものであること、遺言者の認知能力が自己の財産を管理・処分する能力はない状態であったとしても、Y1に全財産を相続させるということが理解できない状態であったとまではいえないこと、遺言者はY1と同居しておりその生活を続ける意思であったから遺言書の内容がAの真意に反するような不自然なものとはいえないこと等から、Aの遺言能力を認め、本件遺言を有効と判断しました。

  • 5 控訴審の内容

     しかし、東京高等裁判所は、以下のように述べて、一審判決を取り消して、本件遺言を無効と判断したのです。
     「平成21年11月から12月ころにおいて、亡Aは、日常生活はある程度自立していたものの、火の消し忘れが目立つようになっていたこと、妄想や物忘れがしばしば生じており、被控訴人Y1が銀行や郵便局からお金をとってきたという妄想も短期間のうちに繰り返していたこと、E郵便局において、平成22年当初ころまでに、認知症によって亡Aが要領を得た会話ができなくなり、亡A一人では貯金の払戻しも困難な状態となっていたため、亡A単独で郵便局に訪れた場合には貯金の払戻しをさせず、亡Aの子の誰かが同伴している場合に限って貯金の払戻しを可能とする取扱いを始めていたこと、平成22年1月19日に亡Aを診察したF医院のG医師は、認知症の疑いで紹介状を作成し、同年2月9日に亡Aを診察したB病院のI医師及び同月17日に亡Aを診察した同病院のC医師は、いずれもアルツハイマー型認知症との診断をしていることが認められる。
     そして、(略)本件遺言書の作成は、被控訴人Y1が亡Aに提案し、その内容も口授したものを、亡Aが自書したものである。
     上記の各事実に照らせば、本件遺言書が作成された平成21年12月4日の時点において、亡Aは、認知症によって、自己の財産状況を把握し、その処分について決定することができなくなっていたと認めるのが相当である。」
     「平成22年2月9日の亡Aの長谷川式スケールは17点と、同日には認知能力が相当低下しており、同年3月24日にはアルツハイマー型認知症であると診断されていることを認めることができ、特段の事情のない限り、認知能力は徐々に低減していくものであることを踏まえ、亡Aの平成21年11月11日のエピソードを含め、前記の本件遺言書作成の前後の事実経過からすると、本件遺言の内容が単純であることを考慮しても、本件遺言書の作成時点において、亡Aは、遺言の内容及びその法律効果を理解した上で遺言をする能力を欠くに至っていたというべきである。」

  • 6 遺言能力の有無の判断は難しい

     このように、認知症による遺言能力の判断はかなり難しく、裁判所によっても異なることが少なくないのです。
     そして、今後も認知症による遺言能力の有無が争点になるケースは増加すると思われます。
     後日遺言能力が問題となる可能性のある高齢者の遺言作成の場合には、遺言作成時に、遺言能力がある旨の医師の診断書等をとっておくことが重要です。