弁護士
本橋 美智子
この判例の事案を簡潔に紹介しましょう。
(1)Xの資産は約7億円、負債は約3400万円で、相続税の課税価格は6億円超となる予定でした。
Xは、90歳の時に銀行から約10億円を借り入れて2棟の投資用不動産を合計約14億円で購入しました。
Xは、94歳で死亡しましたが、その際の2棟の不動産の相続税評価額(評価通達に定める評価方法―路線価方式等)は、約3億4000万円であり、相続税の課税価格は3000万円弱となって、基礎控除後の相続税額はゼロとなりました。
(2)課税庁の更正処分
この相続税申告に対し、課税庁は、本不動産を評価通達の定めにより評価することは著しく不適当である(評価通達6)として、2棟の不動産を不動産鑑定により約12億7300万円と評価し、相続税の総額約2億4000万円とする更正処分をしたのです。
そこで、相続人は、課税庁の更正処分を違法として国に対し更正処分取消訴訟を提起しました。
しかし、一審及び控訴審ともに、相続人の請求は認められず、更正処分等は適法と判断されました。
(1)通常相続財産の不動産は、評価通達に基づいて路線価によって評価されます。
ところが、この事案では、相続不動産を路線価によって評価して申告したところが、それは、不適法であるとされ、不動産鑑定評価の価格によって評価されたのです。
このようなことがあると、路線価を基準にして相続税対策をしていた人は、驚き不安になるかもしれません。
(2)通常、遺産の不動産は評価通達が定める路線価等によって評価します。
しかし、評価通達によって評価することが著しく不適当と認められる特別の事情がある場合には、国税庁長官の指示を受けて評価する(評価通達6)のです。
問題は、どのような事情がある場合に、評価通達が適用されないかということです。
この判例の事案では、主に以下の点が判断材料になったと思われますので、これを参考にしてください。
① 不動産の実勢価格が評価通達による評価額の約3倍ないし4倍になっていたこと
② 相続税対策の前には、課税価格が約6億円あったものが、相続税対策後には、基礎控除額の範囲内となって相続税額が0となり、両者の乖離が大きいこと
③ 銀行借入の稟議書でも「相続対策のため」と書かれ、不動産取得の目的が相続税対策と見られたこと
④ 不動産の取得時に被相続人は90歳と高齢であり、不動産取得時が相続開始時に近い時期であったこと
⑤ 相続開始から約9カ月後に、相続人が相続不動産のうち1棟を売却し、その売却価額は購入価額とほぼ同じであったこと
このように、不動産の相続税評価では、路線価によらない場合があることを頭の隅に入れておいてください。
そして、余り極端な相続税対策は、結局足元をすくわれる可能性もあります。相続税だけでなく、相続人間の気持ち、バランス等を考えた相続対策をしておくことが望まれます。