事実上の離婚状態にある配偶者は死亡退職金等の受給権者には当たらないとされた事例【最一判令和3年3月25日】

弁護士

前田光貴

  • 第1 はじめに

     本件は、中小企業退職金共済法所定の共済契約を締結していた者が死亡した場合の死亡退職金、Y2基金(確定給付企業年金法所定の企業年金基金)規約に基づく遺族給付金、および、Y3基金(厚生年金保険法〔平成25年法律第63号による改正前のもの〕所定の厚生年金基金の権利義務を承継)規約に基づく遺族一時金の各支払を、第2順位の受給権者である子Xが 請求した事案です。
     Xは、死亡した母Aと事実上の離婚状態にあった父Bが第1順位の「配偶者」に該当しないと主張しました。
     法律婚が形骸化しているか否かで受給権者たる「配偶者」に該当するかどうかを判断するという枠組は、これまで、ともに第1順位者に分類される法律婚の配偶者と内縁配偶者が争う場合に用いられてきました。
     本判決は、その判断枠組を、異なる順位者間の争いの場合にも用いることを認めた初めての最高裁判決になりますので紹介いたします。

  • 第2 事案の内容

    1 Aは、昭和63年、Bと婚姻をし、平成元年にXをもうけた。AとBの間には他に子はいない。
    2 Bは、平成4年頃、A及びXと別居し、他の女性の下で生活を始め、以後、A及びXと共に生活したことはなかった。
    3 Aは、平成21年頃、Bから協議離婚を求める書面の送付を受けたが、当時大学生であったXの就職に支障が生ずることを懸念して、離婚の意思があったものの離婚の手続をせずにいた。
    4 その後、Aは、Xが大学を卒業した平成26年には、罹患していた病気の状態が悪化して離婚届を作成することができなくなり、Bとの離婚をしないまま同年10月15日に死亡した。

    [別表]共済法、Y2基金規約、および、Y3基金規約)における遺族の範囲と順位ならびに民法における相続人の範囲と順位(第3順位以下は省略)
    20211217表

  • 第3 裁判所の判断

    1 第一審では、Bは配偶者であって、退職金、遺族給付金及び遺族一時金の受給権者はBであると認められるとしましたが、控訴審では、第一審の判決を覆し、事実上の離婚状態にある配偶者は死亡退職金等の受給権者には当たらないとして、第2順位の子に受給権があるとしました。
    2 本判決(最高裁)では、「民法上の配偶者は、その婚姻関係が実体を失って形骸化し、かつ、その状態が固定化して近い将来解消される見込みのない場合、すなわち、事実上の離婚状態にある場合には、中小企業退職金共済法14条1項1号にいう配偶者に当たらないものというべきである。なお、このことは、民法上の配偶者のほかに事実上婚姻関係と同様の事情にあった者が存するか否かによって左右されるものではない。」と判示して、控訴審と同様に事実上の離婚状態にある配偶者は死亡退職金等の受給権者には当たらないとして、第2順位の子に受給権があるとしました。

  • 第4 終わりに

     共済法、Y2基金規約、および、Y3基金規約における遺族の範囲と順位の定めは、法及び各規約は、専ら被共済者等の収入に依拠していた遺族の生活の安定を図ることから、民法上の相続法の定めとは異なるところです。
     このような目的に照らせば、民法上の配偶者は、その婚姻関係が事実上の離婚状態にある場合には、その支給を受けるべき配偶者に当たらないといえ、その判断枠組は、異なる順位者間の争いで左右されるものではないといえますので、本判決は妥当な判断といえます。
     そして、本判決の解釈は、第2順位を第1順位に優先させる可能性を認めるものですので、遺族の固有の権利の実現としては注目すべき判例になります。