弁護士
前田光貴
本決定は、遺産分割事件において、共同相続人の1人を死亡保険金の受取人とする定期保険特約付終身保険及びがん保険に係る各保険契約に基づく死亡保険金請求権(以下「本件死亡保険金」)について、民法903条の類推適用により特別受益に準じて持ち戻す(本件死亡保険金合計2100万円を被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に加える)べきか否かが争われた事案です。
死亡保険金総額の遺産総額に対する比率が極めて高い事案において、特別受益に準じた持戻しを否定した本決定は、これまでの下級審裁判例とは異なる特色を有する一事例として、実務上参考になりますので、紹介いたします。
①被相続人は、平成28年に死亡し、相続が開始した。
②相続人は、母である抗告人及び妻である相手方の2名であり、法定相続分は、抗告人が3分の
1、相手方が3分の2である。
③相手方(被相続人の妻)は、被相続人と同居生活を営んだ後に婚姻し、被相続人が死亡するま
での間専業主婦であり、専ら被相続人の収入によって生計を維持してきた。
④受取人を相手方とする本件死亡保険金に係る保険の内容
ア 保険契約1
保険料払済みとなるまでに被相続人(被保険者)が死亡した場合に死亡保険金が支払われる
定期保険特約付終身保険(保険料月額1万2000円、死亡保険金額2000万円)
イ 保険契約2
がんを原因とする死亡について死亡保険金が支払われるがん保険(保険料月額約2000
円、死亡保険金額100万円)
⑤本件遺産分割の対象となる財産は、預貯金等合計約459万円である。
1 結論
本件死亡保険金の特別受益に準じた持戻しを否定。
2 理由
(1)被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人又は一部の者を保険金受取人と
する保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法90
3条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の
総額に対する比率、保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相
続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相
続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに
著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受
益に準じて持戻しの対象となると解される(平成16年最決参照)。
(2)本件死亡保険金の合計額は2100万円であり、本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の
財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており、その遺産総額に対する割
合は非常に大きいといわざるを得ない。しかしながら、まず、本件死亡保険金の額は、一般的
な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較して、さほど高額なものとはいえな
い。次に、前記の本件死亡保険金の額のほか、被相続人と相手方は、婚姻期間約20年、婚姻
前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間、相手方は一貫して専業主婦で、子がな
く、被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかったことや、本件死亡保険金の大部分
を占める本件保険1について、相手方との婚姻を機に死亡保険金の受取人が相手方に変更され
るとともに死亡保険金の金額を減額変更し、被相続人の手取り月額20万円ないし40万円の
給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000
円)を毎月払い込んでいったことからすると、本件死亡保険金は、被相続人の死後、妻である
相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められるところ、相手方は現在54歳の借家
住まいであり、本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込
まれる。これに対し、抗告人は、被相続人と長年別居し、生計を別にする母親であり、被相続
人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事
情を併せ考慮すると、本件において、前記特段の事情が存するとは認められない。
1 本決定は、本件死亡保険金の総額2100万円が本件遺産分割の対象財産の評価額(約459
万円)の約4.6倍にも上る事案において、本件死亡保険金の額及び趣旨、各当事者の被相続人と
の関係や現在の生活実態などの諸事情を総合考慮して、本件死亡保険金について特別受益に準じ
た持戻しを否定したものになります。
2 これまでの裁判例の分析において、相続開始時の相続財産の総額に対する死亡保険金の総額の
割合が重視されてきたことからすると、死亡保険金総額の遺産総額に対する比率が極めて高い事
案において、特別受益に準じた持戻しを否定した本決定は、異なる特色を有する一事例ともいえ
ます。
3 しかし、本件保険金が被相続人の生前の生活実態に照らして過大であるといえないことからす
ると、民法903条の類推適用が認められる特段の事情の有無を検討するに当たり、保険金の額
やこの額の遺産総額に対する比率等の客観的な事情により著しい不平等が生じないかを判断する
ことを基本に据える点は、最高裁決定(平成16年最決参照)で示された考え方から逸脱するも
のとはいえないと解されます。