民法1050条に基づく特別寄与料の処分申立を却下した事例 【静岡家庭裁判所令和3年7月26日審判】

弁護士

前田光貴

  • 第1 はじめに

     本判決は、特別の寄与(民法1050条)の制度施行後、裁判例の蓄積が乏しい中、被相続人の血族2親等の兄弟姉妺による「特別の寄与」 を否定した裁判例として、また、6か月の除斥期間の起算点につき判示したものとして、実務上参考になりますので、ご紹介いたします。

  • 第2 事案の概要

    1 はじめに

    本件は、被相続人の弟である申立人が、被相続人への療養看護等によりその財産の維持増加に特別の寄与をしたとして、被相続人の長男である相手方B及び二男である相手方C(「相手方ら」)に対し、民法1050条1項に基づき、それぞれ特別寄与料の支払を求めた事案です。

    2 事案について

    ①申立人(昭和17年生)は被相続人(昭和12年生)の弟であり、相手方B(昭和35年生)
    及び相手方C(昭和38年生)は、 いずれも、被相続人と被相続人の前夫との間の子であ
    る。
    ②被相続人は、平成5年に前夫と離婚した。
    ③被相続人は、令和2年3月●日に死亡した。
    ④申立人は、同年5月以降、被相続人の遺産である預貯金の解約等の手続を進め、その中で、
    申立人は、同年8月頃、相手方らに対し、申立人が前記預貯金を解約等するために必要な書
    類であるとして、委任状や印鑑登録証明書、戸籍謄本を申立人に交付するよう依頼し、同月
    16日頃には、相手方Cを介して、相手方らからこれら書類の交付を受けた。
    ⑤申立人は、令和3年1月20日、相手方らに対する特別の寄与に関する処分調停事件をそれ
    ぞれ申し立てた。

  • 第3 裁判所の判断(静岡家庭裁判所令和3年7月26日審判)

    1 結論

     申立人には民法1050条1項に規定する特別の寄与があったとまでは認め難い上、仮に特別の寄与があったとしても、申立人による相手方らに対する本件特別寄与料の処分申立ては、いずれも除斥期間が経過した後になされたものであるとして、請求を却下しました。

    2 理由

    (1)特別の寄与の有無について

    (申立人の関与については)月に数回程度入院先等を訪れて診察や入退院等に立ち会ったり、手続に必要な書類を作成したり、身元引受けをしたりといった程度にとどまり、専従的な療養看護等を行ったものではなく、これをもっても、申立人が、その者の貢献に報いて特別寄与料を認めるのが相当なほどに顕著な貢献をしたとまではいえない。
    以上によれば、申立人による「特別の寄与」(民法1050条1項)の存在を認めることは困難である。

    (2)除斥期間経過の有無について

      ア 民法1050条2項ただし書にいう「相続人を知った時」とは、当該相続人に対する特別
       寄与料の処分の請求が可能な程度に相続人を知った時を意味するものと解するのが相当であ
       る。
      イ そして、申立人は、相手方Cについては、被相続人が死亡する前から、氏名及び住居につ
       いて認識しており、実際にその住居を訪れてもいたものである。したがって、相手方Cに対
       する特別寄与料の処分申立ての関係では、被相続人が死亡した令和2年3月●日の時点で申
       立人が「相続人を知った」と認められる。
        また、申立人は、相手方Bについては、相手方Cとは異なり、被相続人の死亡時点で住居
       や住所地を認識していたわけではないが、申立人が、同年8月16日頃、相手方Bより任意
       に委任状や印鑑登録証明書等といった重要書類を託されていることに鑑みれば、遅くとも、
       申立人が相手方Cと預貯金の解約等の手続に関する連絡を取れるようになっていたと考えら
       れる同年5月頃の時点では、相手方Bにつき申立人がその住所地を相手方Cから聞き取るな
       どして調査することは容易であったと考えられる。そうすると、相手方Bに対する特別寄与
       料の処分申立ての関係では、遅くとも同年5月末の時点では、申立人が「相続人を知った」
       と認められる。
      ウ したがって、申立人が家庭裁判所に申し立てた令和3年1月20日の時点では、申立人が
       「相続の開始及び相続人を知った時」から6か月の除斥期間を経過している。

  • 第4 コメント

     民法1050条1項に定める「特別の寄与」は、「貢 献の程度が一定程度を超えること」を意味し、「その者の貢献に報いるのが相当と認められる程度の顕著な貢献があったこと」を意味するものと解すべきとされています。
     本審判は、被相続人の兄弟姉妹につき、年に数回程度面会に訪れることや、 (数年間)月に数回程度入院先等を訪れて診察や人退院等に立ち会ったり、手続に必要な書類を作成したり、身元引受けをしたりといった程度では、「専従的な療養看護」等を行ったものではなく、「その者の貢献に報いて特別寄与料を認めるのが相当なほどに顕著な貢献」とはいえないと判断しました。
     東京家庭裁判所の実務運用では、「専従性」とは「療養看護の内容が片手間なものではなくかなりの負担を要するものであること」が必要とされてお り)、本審判はこのような実務運用にそったものといえます。
     また、民法1050条2項で定める「相続人を知った時」とは、「当該相続人に対する特別寄与料の処分の請求が可能な程度に相続人を知った時」をいうとして、相手方Cについては相続開始時、相手方Bについてはその住所地を調査することが容易であった時点を起算点として、それぞれにつき6か月の除斥期間の経過を認めたものです。
     本件のように、調停・審判に先立ち、相続人と協議を進めるうちに6か月の除斥期間が経過することは稀ではないといえます。
     請求者としてはすみやかに調停の申立を行うことが必要といえます。