弁護士
前田光貴
本件は、抗告人は、代償金支払能力は250万円に過ぎないのに、これを遥かに超える約2600万円もの代償金の支払を1か月以内に命ずることは不可能を強いるもので、結果的に抗告人が取得した遺産を強制執行(競売)により失わせることになる原審判は、抗告人に著しい不利益を生じさせ、当事者問の実質的な衡平を害するなどと主張して、遺産分割の方法について争われた事案です。
本決定は、代償分割と代償金の支払能力の考慮について、実務の参考になりますので、ご紹介いたします。
①被相続人C、被相続人Dは、それぞれ平成6年、平成9年に死亡し、それぞれ相続が開始し、相
続人は、被相続人らの子である抗告人(原審相手方)及び相手方(原審申立人)である。法定相
続分は、抗告人、相手方、いずれもいずれの相続につき2分の1である。
②遺産の範囲、分割方法に関する当事者の主張等
ア 被相続人Cの遺産は、それぞれ別紙遺産目録1記載の土地及び建物、Gの土地である。被相
続人Dの遺産は、別紙遺産目録2記載の土地及び建物である。
イ 抗告人及び相手方は、本件遺産の評価額につき、固定資産税評価額とすることを合意してい
る。
ウ 本件遺産の分割方法について、抗告人は、遺産目録1記載の土地、遺産目録2記載の土地1
及び2の取得を、その余の本件遺産につき、共有取得をそれぞれ希望しており、また、代償金
を250万円用意できる旨陳述している。
エ 相手方は、遺産目録2記載の土地1の取得を希望し、抗告人の主張する共有取得には反対し
ており、遺産目録2記載の土地1を除く本件遺産を抗告人が取得した場合に抗告人に生ずる代
償金支払義務に関し、抗告人の代償金支払能力が不足しても、そのことにつき異議を述べない
旨陳述している。
③遺産目録1記載の建物は抗告人の居所であり、遺産目録2記載の建物は、抗告人が代表者を務め
るE社が利用しており、遺産目録2記載の土地3が、上記両建物の底地である。
④抗告人は、平成6年、被相続人Cの遺産であったGの土地を遺産分割協議により単独で取得し
た。
(1)結論
①抗告人は、原審判別紙遺産目録1記載の土地及び建物並びに原審判別紙遺産目録2記載の
土地2及び建物を取得する。
②原審判別紙遺産目録2記載の土地3を相手方の持分1万分の3325、抗告人の持分1万分の
6675による共有取得とする。
(2)理由
相手方は、遺産目録2記載の土地3の共有取得に反対しているが、相手方は代償金を取得・
回収しなければ公平な相続とならないと主張するところ、抗告人の代償金支払能力を考慮すれ
ば、双方の希望と公平な分割を実現するには上記土地を共有取得するほかない。抗告人は同土
地の換価分割に反対しており、相手方も又同土地の換価分割に難色を示していること、同土地
上にE社の本店所在地たる建物が存在することなどを考慮すれば、これを共有取得とすること
もやむを得ないというべきである。
抗告人は、抗告人には代償金の支払能力がなく、最大限250万円を用意できるのみであると
陳述しているのに、抗告人に2600万7368円もの代償金支払を命じる原審判は不当であると主
張する。この主張は理由があるというべきところ、この点を考慮して、原審判を補正の上引用
して説示したとおり本件遺産を分割するのが相当である。
抗告人は、本件遺産をすべて抗告人が取得し、さらに、Gの土地(1363万2800円)も含め
た抗告人の取得額2億1608万6736円の2分の1である1億0804万3368円の代償金を抗告人
が相手方に支払うこととするのが相当であると主張する。しかし、抗告人がGの土地に加え
て本件遺産をすべて取得し、相手方が抗告人の代償金に係る資金調達を待って、その支払を
受けるという分割方法は、相手方はその取得希望が一切叶えられないし、代償金不払の危険
負担も大きく相当な分割方法とはいえない。
1 遺産分割の方法は、原則として現物分割によるものとされていますが、「特別の事情」がある
場合には代償分割が認められます(家事法195条)。「特別の事情」が認められる場合としては、
①現物分割が不可能な場合、②現物分割をすると、分割後の財産の経済的価値を著しく損なうた
め、不適当である場合、③特定の遺産に対する特定の相続人の占有・利用状態を特に保護する
必要がある場合、④共同相続人間に代償金支払いの方法によることについて概ね争いがない場合
があげられます。
2 しかし代償分割をするには、債務負担を命じられる相続人に支払能力(資力)が求められます(最
ー小決平成12年9月7日)。本件のように相手方が、抗告人の代償金支能力が不足しても異議を述
べない旨を陳述していたような場合について、大阪高裁平成3年11月14日決定は、代償分割に
は、代償金の支払義務を負担させられる者に支払能力があることを要するとした上、「その支払
能力がないのに、なお債務負担による分割方法が許されるのは、他の共同相続人らが、代償金の
支払を命じられる者の支払能力の有無の如何を問わず、その者の債務負担による分割方法を希望
するような極めて特殊な場合に限られる」と判示しました。
3 本件では、相手方は、抗告人の代償金支能力が不足しても異議を述べない旨述べていますが、
その趣旨は、代償金支払請求権を放棄したものではなく、相手方は、当然、抗告人の取得した収
益物件やそこから上がる収益を代償金の引当てにすることを考えております。そのため、本件に
おける代償分割は、当事者間の実質的な衡平を害するとみるべきといえます。したがって、本件
は、「極めて特殊な場合」に該当せず、妥当な判断といえます。
以上