弁護士
下田 俊夫
同じ日の午前11時頃に、遺言者(A)の補助人に選任されていた特定非営利活動法人(B)を包括受遺者とする公正証書遺言が作成され、午後5時頃に、遺言者のいとこを包括受遺者とする自筆証書遺言が作成されたという事案で、Bが、後から作成された自筆証書遺言には、遺言者の自書性、遺言能力に問題があると主張してその効力が争われました。
Bは、自書性については、Aが自筆証書を作成するときの立会人(C)が、その記載内容について口頭で誘導しており、遺言者はそのとおりに自筆証書を作成している、また、Aは別の立会人(D)の添え手によって押印しており、自筆証書の作成には、立会人らの意思が介入しており、自書及び押印の要件を満たさないと主張しました。また、遺言能力については、Aは、自筆証書を作成した当時、肺がんの兆候が見られる中、肺炎を発症して入院していたのであり、投薬の影響が否定できず、自筆証書遺言を作成した際、当日の午前に公正証書遺言を作成するために公証人がAの下を訪れたことを忘れているなど、意識が清明でない状態で本件自筆証書を作成しており、Aはその作成当時、遺言能力を有しなかった、とBは主張しました。
裁判所は、遺言者の自書性について、以下のとおり判示し、遺言者による自書及び押印の要件を満たしているとしました。
「遺言者は、Cによる添え手等の介助を受けることなく、自らペンを取って、「遺言書 Aは財産全ていとこのEに遺ぞうする 平成28年11月7日17時21分 A」と書き、署名の右横に押印して、本件自筆証書を作成したことが認められる。そうすると、Aは、自らの意思で、受遺者をいとこの「E」とする旨の遺言をし、押印しているのであるから、本件遺言は、遺言者による自書及び押印の要件を満たすと認められる。」
「CはAが本件自筆証書を作成するに当たり、文面を教示し、Aは本件自筆証書を作成するに当たり、Cの文案を参考にしたことが認められる。しかしながら、Cの教示は、CがAの意向を慎重に聴取した上で、その意向に沿うようにされているものと認められるし、Aは、受遺者を誰にするかという最も重要な点については、いとこの「E」にすると表明し、そのとおりの遺言を作成している。さらに、本件自筆証書遺言によって、Cが何らかの利益を得るものでもないことを考慮すると、同教示は、自筆証書遺言の要件を満たすように記載事項についての助言をしているにとどまり、Aの意向と関わりなく、Cの判断により遺言の内容を決定したものではないというべきである。」
また、裁判所は、遺言能力の有無について、以下のとおり判示し、遺言者の遺言能力は認められるとしました。
「Aは、補助開始の審判を受けているものの、認知症等の診断を受けていたわけではなく、平成28年11月7日午前11時頃、脳疾患により入院中の病院において、公正証書遺言をしたことが認められる。弁論の全趣旨によれば、同遺言は、主治医の了解のもとでされたものであり、その際、公証人がAの遺言能力に疑問を持ち、主治医に意見を求める等の対応を取った事実があるわけでもない。Aにつき、遺言能力に欠けることをうかがわせる事情は見当たらない。・・同日の午前11時頃から本件自筆証書遺言を作成に至るまでの間に、Aの事理弁識能力が急激に低下した等の事情が存しないことも踏まえると、本件自筆証書作成当時、Aには遺言能力があったと認められる。」
結論として、本判決は、後から作成された自筆証書遺言を有効と認め、先に作成された公正証書遺言は撤回されたものとみなされるとして、Bが公正証書遺言に従いAの遺産を取得することはないとして、Bの主張を排斥しました。
本判決の事実認定によると、Bを包括受遺者とする公正証書遺言は、Aの意向に沿うものではなく、Bの代表者の指示により作成されたものであったとされていました。つなり、自筆証書遺言の内容こそが、Aの意思に沿うものであったと認定判断しました。
本判決は、同じ日の午前中に公正証書遺言が、午後にこれとは異なる内容の自筆証書遺言が作成されたという特殊な事案ですが、自書性や遺言能力について、証拠等から認められる事実を踏まえて詳しく判断しており、妥当なものといえます。