弁護士
下田 俊夫
相続人の廃除とは、推定相続人に、相続欠格のように相続資格を当然に否定するほどの重大な事由はないものの、被相続人の請求に基づいて、裁判所が推定相続人の相続資格を剥奪する制度です。
廃除が認められるためには、①被相続人に対する虐待・重大な侮辱、②その他の著しい非行、いずれかである必要があります。
廃除は、被相続人が生前に裁判所に対して申立てを行うか、あるいは遺言で行う必要があります。遺言で廃除の意思表示を行った場合には、遺言執行者が被相続人の死亡後、遅滞なく、家庭裁判所に申立てを行う必要があります。
なお、廃除は、死亡や相続欠格とともに代襲原因とされていますので、廃除された者に子や孫がいる場合、代襲相続が発生します。
遺言執行者が、被相続人の遺言に基づき、推定相続人の被相続人に対する暴力があったとして廃除の申立てを家庭裁判所に行ったところ、被相続人の言動が推定相続人の暴行を誘発した可能性があるとして廃除は認められませんでしたが、抗告審である高等裁判所が家庭裁判所の審判を取り消して廃除を認めた事例を紹介します。
被相続人は、推定相続人である長男から、3回にわたって暴力を受け、うち1回は全治3週間を要する両側肋骨骨折や左外傷性気胸の傷害を負い、入院治療を受けました。
その後、被相続人は公正証書遺言を作成し、長男が被相続人に対し、しばしば殴る蹴るなどの暴行を加えるなど虐待を繰り返し、また、重大な侮辱を加えたことを理由として、長男を推定相続人から廃除するとの意思表示をしました。
被相続人の死亡後、遺言執行者は、長男が被相続人の推定相続人であることを廃除する審判を家庭裁判所に申し立てました。
長男は、被相続人に暴力を振るったことは認めながらも、その暴力を振るった原因や背景について、被相続人にも責任があると主張しました。
大阪家庭裁判所は、「推定相続人の行った言動が、廃除事由である虐待、重大な侮辱又は著しい非行に当たるといえるためには、被相続人の意向や推定相続人による言動の外形だけではなく、そのような言動がされるに至った原因や背景等の事情を考慮した上で、当該推定相続人からその相続権を剥奪するのが社会通念上相当と認められることが必要と解すべきである」とし、長男の主張について一応信用でき(なお、遺言執行者は長男の主張に対して特段の主張をしなかった。)、被相続人の言動が長男による暴力を誘発した可能性を否定できないとして、廃除を認めませんでした。
遺言執行者が即時抗告の申立てを行い、大阪高等裁判所は、長男の暴力を振るった経緯に関する主張の信用性を否定した上で、たとえ被相続人の言動に長男が立腹するような事情があるとしても、60歳を優に超えた被相続人に対する暴力は許されるものではなく、しかも3回の暴力のうち1回は被相続人に全治3週間を要する傷害を負わせ、入院治療を要するなど結果も重大で、一連の暴力は厳しい非難に値するものとして、原審判を取り消し、長男を推定相続人から廃除しました。
遺言で廃除を行うことができますが、遺言執行者にとって、被相続人の死後に推定相続人を廃除するに足りる具体的な資料を収集するのは困難なことです。上記事案も、遺言執行者は暴行の原因や背景については特段の主張をしておらず、それも一因となって家庭裁判所では廃除が認められませんでした。
遺言で相続人を廃除する場合には、廃除事由についてできる限り詳細に記載するとともに、別途廃除事由の存在を裏付ける資料(診断書や写真等)を揃えて残しておくことが望ましいといえます。