敷金返還債務について、相続により賃貸人としての地位を承継した者が全部承継するとされた事例【大阪高判令1.12.26】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 敷金返還債務の承継

     被相続人が賃貸不動産(貸アパートなど)を所有していて、賃借人から敷金を預かっていることがあります。被相続人が亡くなった後に相続人の一人が賃貸不動産を相続して賃貸人たる地位を承継した場合、賃借人に対する敷金返還債務は誰が承継するのでしょうか。
     賃貸人の賃借人に対する敷金は金銭債務ですので、金銭債務のような可分債務については被相続人の死亡により遺産分割を待たずに法律上当然分割され各共同相続人がその相続分に応じて承継するとの判例(大判昭5.12.4 、最判昭34.6.19)からすれば、敷金返還債務は各相続人が分割承継するとの結論に繋がります。
     他方、賃貸不動産の所有権の移転に伴って賃貸人たる地位が承継された場合、旧賃貸人に差し入れられた敷金は新賃貸人に承継されるとの判例(最判昭44.7.17)からすれば、敷金返還債務は賃貸不動産を相続して賃貸人たる地位を承継した相続人が単独で全部承継するとの結論に繋がります。
     この問題が争点となった裁判例がありますので、紹介します。

  • 2 事案の概要

     Xは、Aから建物を借り入れる賃貸借契約を結び、賃貸人Aに敷金として3000万円を差し入れました。Aが死亡した後、Aの相続人の一人であるBが建物所有権を相続し、賃貸借契約は継続されていましたが、後に合意解約されたことから、XはAの相続人の一人であるYに対し、敷金返還請求権に基づいて、Yの法定相続分(1/4)に応じた750万円の支払を求めました。

  • 3 裁判所の判断

     大阪高等裁判所は、次のように判示して、XのYに対する請求を否定しました。
     「敷金は、賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから、敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し、賃貸借契約に随伴すべきものと解されることに加え、賃借人が旧賃貸人から敷金の返還を受けた上で新賃貸人に改めて敷金を差し入れる労と、旧賃貸人の無資力の危険から賃借人を保護すべき必要性とに鑑みれば、賃貸人たる地位に承継があった場合には、敷金に関する法律関係は新賃貸人に当然に承継されるものと解すべきである。そして、上記のような敷金の担保としての性質や賃借人保護の必要性は、賃貸人たる地位の承継が、賃貸物件の売買等による特定承継の場合と、相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではないから、賃貸借契約と敷金に関する法律関係に係る上記の法理は、包括承継の場合にも当然に妥当するものというべきである。」

  • 4 コメント

     上記大阪高裁判決によりますと、敷金返還債務は、相続により賃貸人たる地位を承継した者が全部承継して負担することになりますので、賃貸不動産の相続にあたっては、敷金の有無及びその額を確認しておくことが必要になります。
     また、賃貸不動産を所有する者が、遺言により相続人の一人に当該不動産を相続させようとする場合には、敷金返還債務が承継されることを考慮して、賃貸不動産の取得者に敷金相当額の預金等の金融資産を取得させるなどの配慮が必要になります。