弁護士
下田 俊夫
相続人の中に未成年者がいる場合、当該未成年者は単独で法律行為を行うことができませんので、遺産分割協議を行うときには、親権者や未成年後見人などの法定代理人が未成年者を代理する必要があります。
もっとも、親権者と未成年者とがともに相続人の場合、たとえば、父が亡くなり、相続人が母と未成年者の子の2人だけという場合、母は子の親権者ですが、母と子とは一方の取得財産が多くなると他方の取得財産が少なくなるという関係にあり、両者の利益が相反します。
このような場合、母は、子のために特別代理人を選任することを家庭裁判所に請求する必要があります(民法第826条1項)。
特別代理人は、家庭裁判所の審判で決められた行為(審判書に記載された行為)について代理権を行使します。
遺産分割協議を行うための特別代理人の選任審判の場合、審判書に遺産分割協議書案が添付され、審判主文に「別紙のとおり分割協議するにつき、未成年者の特別代理人として誰々を選任する。」と掲げられることがあります。
このような場合、特別代理人は、当該遺産分割協議書案に拘束されると解されています。
もっとも、特別代理人が、審判書に添付された遺産分割協議書案のとおり分割協議を行ったものの、当該遺産分割協議が未成年者にとって不相当な内容だった場合、未成年者にとって不利な遺産分割協議を成立させるべきではなく、そのような遺産分割協議を成立させたことは善管注意義務に違反するとして、未成年者は特別代理人に対し、損害賠償を求めることができるのでしょうか。この点が争われた裁判例がありますので、紹介いたします。
事案は、父が亡くなり、相続人は長男、二男、三男の3人で、三男が未成年者だったため、亡父の遺産分割協議を行うにつき、三男の未成年後見人に就任した二男が特別代理人の選任を家庭裁判所に申し立てて、三男のために特別代理人としてA弁護士が選任されたというものです。
特別代理人選任の審判書には、遺産分割協議書が掲げられていて、その内容は、「①三男は遺産のうち土地6筆の各持分1/2を取得する。②二男はそれ以外の遺産を全て取得する。③二男は長男に対し代償金500万円を支払う。」というものでした。
亡父の遺産は総額約9200万円で、うち土地建物が約490万円、亡父が死亡する1年内に土地を売却した際の手付金が入金された預貯金が約850万円、土地売却の残代金債権が約7820万円というもので、上記遺産分割協議書による三男の取得分は、約190万円相当の土地持分にとどまりました。
もっとも、A弁護士は、亡父が土地を売却していたことや多額の残代金債権があったことを知らされておらず、遺産の総額や法定相続分に比して三男の取得分がかなり少ないことは認識しないまま、審判書に掲げられた遺産分割協議書どおりの内容で遺産分割協議を成立させました。
その後、二男が亡父の遺産を費消してしまったことから、三男は、特別代理人は未成年者保護の観点からその内容が未成年者に不利であると判断したときは、審判書とおりの遺産分割協議を成立させない権限があり、特別代理人の義務であるところ、上記遺産分割協議は三男にとって不相当な内容であるにもかかわらず、A弁護士はかかる義務に違反して遺産分割協議を成立させたとして、特別代理人に対し、損害賠償を求める訴えを起こしました。
この裁判での主な争点は、特別代理人の注意義務及びA弁護士の注意義務違反の有無でした。
A弁護士は、特別代理人の権限は選任審判の主文に限定されるから、これに従って遺産分割協議を成立させたことに注意義務違反はないなどと主張しました。
一審判決(岡山地裁平22.1.22判タ1376.170)は、遺産分割協議を行うための特別代理人選任の審判の主文において遺産分割協議書案が掲げられている場合、特別代理人の権限は当該遺産分割協議書案に拘束されるが、その場合でも、利益相反行為の相当性の判断は本来特別代理人が行うべきであり、未成年者保護の観点から不相当であると判断される場合にまで当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させる義務を負うわけではなく、当該遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させてはならないし、特別代理人はその権限を行使するにつき善管注意義務を負う以上、被相続人の遺産を調査するなどして、当該遺産分割協議案の相当性を判断する注意義務を負うと判示し、本件においては、A弁護士は、亡父の遺産について調査義務を尽くすことなく、不相当な内容の遺産分割協議書を成立させたのであるから、特別代理人としての善管注意義務に違反したものであり、遺産分割協議書の成立により三男に損害が生じた場合には不法行為責任を負うとして、A弁護士に約990万円の支払いを命じました。
一審判決に対し、双方が控訴したところ、控訴審判決(広島高裁岡山支部平23.8.25判タ1376.164)は、一審判決を変更し、認容額を約1070万円に増額しましたが、上記争点についての判断は、一審判決の判断をほぼ踏襲しました(上告・上告受理申立)。
相続人の中に未成年者がいることは、相続の案件では比較的よくあることです。
こうした場合、特別代理人には、父方や母方の兄弟姉妹(子からみて伯父伯母)など遺産分割協議に利害関係のない親類になってもらうことが多いです。
遺産分割協議書案を作成する過程で、相続税をできる限り少なくするよう配偶者控除枠を最大限活用するためや、未成年者本人に多くの財産をもたせることは教育上あまり好ましくないからとして、未成年者の取得分をその法定相続分よりも少なくした遺産分割協議案が親から出されてくるケースもままみられます。
確かに、特別代理人は、未成年者の利益保護のため家庭裁判所において選任される代理人であり、未成年者の利益を守って代理行為を行うべき立場にあります。
もっとも、家庭裁判所の特別代理人の選任審判において遺産分割協議書案が掲げられている場合に、その遺産分割協議書を成立させるか成立させないかという判断をあらためて特別代理人に求めるということは、特別代理人にとってやや酷ではないかと思われます。
特に、弁護士などの専門家ではなく、未成年者の親類など一般の方が特別代理人に選任された場合はなおさらです。
上で紹介した裁判例の事案は、遺産の大部分を占める財産が明らかにされない内容(「それ以外の遺産」が遺産の大部分を占める)の遺産分割協議書案が裁判所に提出され、それがそのまま審判主文に掲げられていたこと、特別代理人に専門家である弁護士が選任されていたこと、比較的容易な調査で亡父の生前の土地売却の事実を知り得たことなどやや特殊な事情があります。
したがって、どのようなケースであっても、未成年者の取得分をその法定相続分よりも少なくした遺産分割協議を行うことが特別代理人の善管注意義務に違反すると判断されるわけではないと思われます。
もっとも、特に合理的な理由もなく、未成年者の取得分をその法定相続分よりも少なくする遺産分割協議を漫然と成立させることは、上記判決の判断からすれば、特別代理人の注意義務違反を問われるおそれがあります。
そのため、特別代理人に選任された者としては、未成年者の取得分を少なくするという内容の遺産分割協議書の相当性について詳しく調査し確認したり、できうる限り被相続人の遺産の調査をしたりするなど、留意する必要があります。