弁護士
下田 俊夫
以前、遺産分割協議を行うにあたり家庭裁判所が選任した特別代理人が未成年者にとって不相当な内容の遺産分割協議を成立させた場合の善管注意義務違反が問われた裁判例(広島高岡山支判平23.8.25)を紹介しました。
この裁判例は、特別代理人は、未成年者保護の観点から不相当であると判断される場合にまで審判書に掲げられた遺産分割協議書案のとおりの遺産分割協議を成立させる義務を負うわけではなく、被相続人の遺産を調査するなどして遺産分割協議案の相当性を判断する注意義務を負うと判示し、当該事案において特別代理人に選任された弁護士は、被相続人の遺産について調査義務を尽くすことなく不相当な内容の遺産分割協議を成立させたとして、当該弁護士に約1000万円の支払いを命じました。
同種事案について、結論の異なる裁判例があらわれましたので、紹介します。
被相続人はZ、相続人は妻A、子B、孫X(被相続人の死亡前に亡くなった被相続人の子Cの子)の3人で、未成年であるXの未成年後見人にAが選任されていました。被相続人ZとA夫婦は、CX母子の住居を提供したりするなどしていました。Zの死亡後、相続人間で遺産分割協議を行うため、Aが家庭裁判所に特別代理人の選任を申し立てて、Aの弟であるYが特別代理人に選任されました。
特別代理人選任の審判書には、弁護士及び税理士が関与して作成した遺産分割協議書案が掲げられており、その内容は、被相続人Zの遺産(積極財産の評価額から消極財産を控除した額)4318万円余を、妻Aが88万円余(取得割合約2%)、子Bが3405万円余(取得割合約79%)、Xが824万円余(取得割合約19%)を取得するというものでした。また、遺産分割協議書の案文には、形式上、被相続人Zの全ての遺産及びその分割方法が個別具体的に記載されていました。
Xは、Yは特別代理人に選任された後、担当税理士に問い合わせるなどの調査を行って被相続人の遺産を把握し、遺産分割協議書案がXの利益を保護する観点から相当であるか否かを判断すべき注意義務を負っていたところ、これに反して漫然と遺産分割協議を成立させたとして、Yに対し損害賠償を求める裁判を提起しました。
「特定の遺産分割協議書案のとおり遺産分割協議をすることについての特別代理人(特定分割特別代理人)が当該遺産分割協議書案(特定分割案)のとおり遺産分割協議をすることは、そのことが合理性を欠くと認めるべき特段の事情がない限り、特別代理人としての善管注意義務に違反するものではないと解するのが相当である。」
「Yは、被相続人の生前の事情などを考慮すれば、遺産分割においてXの取得分が少なくなることも不当ではなく、遺産分割協議書案の内容は相当と考え、特定分割案である遺産分割協議書案のとおり遺産分割を成立させたものである。」
「本件において、被相続人からC(Cの死亡後はX)に対する特別受益があったか、被相続人からBに対する特別受益があったかは慎重に検討されるべき事柄ではあるけれども、遺産分割協議書案は、弁護士及び税理士が関与して作成され、被相続人の全ての遺産及びその分割方法が個別具体的に記載されており、特定分割特別代理人であるYの選任審判において特定分割案とされたものであること、Xの法定相続分は25%であるのに対して遺産分割協議書案を前提とするXの取得割合は約19%であることを踏まえれば、特定分割特別代理人として選任され、法律や会計に関し専門的な知識・経験を有しないYが、上記のように考え、遺産分割協議を成立させたことが合理性を欠くということはできない。」
裁判所は、上記のとおり判示し、Yが審判書に掲げられた遺産分割協議案どおり遺産分割協議を成立させたことが合理性を欠くと認めるべき特段の事情があるとは認められず、Yが特別代理人としての善管注意義務に違反したということはできないとして、Xの請求を棄却しました。
以前紹介した裁判例の事案は、遺産の大部分を占める財産が明らかにされない内容(「それ以外の遺産」が遺産の大部分を占める)の遺産分割協議書案が裁判所に提出され、それがそのまま審判主文に掲げられていたこと、被後見人の取得分は遺産の約3%にとどまっていたこと(遺産総額約9200万円、被後見人の取得分は約190万円で、被後見人の法定相続分は3分の1でした)、特別代理人に専門家である弁護士が選任されていたこと、比較的容易な調査で被相続人の生前の土地売却の事実を知り得たことなど、やや特殊な事情がありました。
これに対し、本件裁判例の事案は、遺産分割協議書案は弁護士及び税理士が関与して作成され、全ての遺産及びその分割方法が個別具体的に記載されていたこと、被後見人の法定相続分は25%であるのに対し遺産分割協議書案による取得割合は約19%であったこと、特別代理人は弁護士などの専門家ではなく未成年者の親類であったことなどを考慮した上で特別代理人の善管注意義務違反を否定しており、事案に即した妥当な判決といえます。
本件裁判例は、特別代理人の責任を否定しましたが、特に合理的な理由もなく未成年者の取得分をその法定相続分よりも極端に少なくする遺産分割協議を漫然と成立させることは注意義務違反を問われるおそれがありますので、特別代理人に選任された者は、遺産分割協議書案の内容の相当性やどのような事情から協議書案の内容が定められたのか等について、留意する必要があります。