弁護士
下田 俊夫
負担付遺贈の遺言がなされた場合、負担付遺贈を受けた者(受遺者)がその負担した義務を履行しないときは、相続人は、受遺者に対して、相当の期間を定めてその履行の催告をし、その期間内に履行がないときは、家庭裁判所に遺言の取消しを求めることができます(民法第1027条)。
負担付遺贈の負担は条件ではないため、負担が履行されなかったからといって遺言が当然に効力を失うことはありません。他方、遺言者からすれば、受遺者が負担を履行してくれることを期待して遺贈するのですから、受遺者が負担を履行しない場合に遺言者の相続人が何も言えないというのも相当ではありません。そのため、法は、負担の履行がされない場合、相続人が催告をした後、家庭裁判所に遺言の取消しを請求できることとして、遺言者の意向や受益者の利益などに考慮した総合的な解決を家庭裁判所に委ねました。
負担の履行がされない場合の遺言の取消しは、一部の履行があったのみでそれでは負担付遺贈の目的を達せられないときは取消しを認めてよく、未履行部分が僅かな場合には取消しはできず、また、負担を履行しないことが受遺者の責めに帰すべき事由によることが必要であるとされています。
遺言者が、長男にすべての財産を相続させる一方、日常生活における多くの部分で援助が必要な状態にある二男の「生活を援助する」旨の負担を定めた遺言を作成したところ、長男が遺言者の死亡後に二男に対する援助をしなかったため、二男が裁判所に遺言の取消しを求めた事案がありますので、紹介します。
遺言者は、統合失調症を発症して年150万円程度の障害基礎年金しか収入のない二男に対し、最低でも月3万円を援助していたところ、「長男にすべての財産を相続させる。この相続の負担として、長男は、二男の生活を援助するものとする。」という内容の公正証書遺言(本件遺言)を作成しました。
長男は、遺言者の指示により、遺言者が死亡した前年から二男に最低でも月3万円を送金し、遺言者の死亡後は2回の送金をしましたが、その後は送金しませんでした。そのため、二男は長男に対し、書面で履行を催促し、長男が相当期間経過するまで履行しなかったことから、家庭裁判所に本件遺言の取消しを求めました。
家庭裁判所(福島家庭裁判所いわき支部)は、負担付の「相続させる」旨の遺言について民法1027条の類推適用を認めた上で、本件遺言の定める負担について、少なくとも月3万円の経済的な援助を二男にすることを法律上の義務として長男に負担させたものと認定し、長男がその義務を履行しなかったことから、本件遺言を取り消す旨の審判をしました。これに対し、長男が即時抗告をしました。
高等裁判所(仙台高等裁判所)は、原審と同様、負担付の「相続させる」旨の遺言について、遺贈と類似するものであるとして、民法1027条の類推適用を認めました。
また、本件遺言に定める負担について、遺言では「二男の生活を援助する」と漠然としたものであるものの、遺言者がその生前から二男に少なくとも月3万円の生活費の援助をしていたことを考慮して、長男に対し、すべて財産を相続させる負担として、二男の存命中は少なくとも月額3万円(年額36万円)の経済的な援助を二男にすることを法律上の義務として長男に負担させたものであると判断しました。
他方、長男は二男への月3万円の援助をしていなかったものの、本件遺言の文言が抽象的でその解釈が容易でないこと、今後一切の義務の履行を拒絶しているわけではなく、義務の内容が定まれば履行する意思があることなどを考慮して、負担を履行していないことには長男の責めに帰することができないやむを得ない事情があるとして、原審を取り消し、遺言の取消しを認めませんでした。
負担付遺贈あるいは負担付「相続させる」旨の遺言を作成する場合には、負担の内容について争いが生じないようにするために、義務の内容を特定できるようできるだけ具体的に記載する必要があります。
また、受遺者(受益相続人)が負担を履行しない場合、その負担を履行しないことが受遺者の責めに帰すべき事由によるときには、相続人は遺言の取消しを家庭裁判所に求めることができます。受遺者は、後になって遺言の取消しを求められることがないよう、負担の内容を十分確認した上で、負担付遺贈(負担付「相続させる」旨の遺言)を承認するか否かを決める必要があります。