弁護士
下田 俊夫
質問のようなケースが、実際に裁判で争われました。
事案は、次のようなものでした。
Aは、Y農協との間で、共済契約者・被共済者・死亡共済金受取人をA、死亡共済金額を3000万円とする養老生命共済契約を締結しました。その後、Aは、遺言公正証書を作成し、その中で、「死亡共済受取金の総額(参千万円)を」X社に遺贈すると記しました。
その後、Aが亡くなったため、X社がY農協に対し、Aは遺言によりYに対する死亡共済金請求権をX社に遺贈したと主張して、死亡共済金3000万円の支払いを求めて裁判を起こしました。
これに対し、Y農協は、Y農協がAの生前にAに対し約1億5000万円の貸金請求権を有していたので、Aに対する貸金請求権とY農協に対する死亡共済金請求権とを対等額で相殺したなどと主張して、X社の請求を争いました。
この裁判では、共済金支払請求権が、いつ、誰のもとで発生するかが争点の一つになりました。
X社は、共済金請求権はAの死亡によって発生するものであり、死者に権利が発生することはないから、共済金請求権がAに帰属したことはなく、X社はAの死亡により共済金請求権を原始取得した、と主張しました。
これに対しY農協は、共済金請求権は、Aの死亡によって初めて生じるものではなく、共済契約の締結時に、Aの死亡を条件とし、Aを固有の権利者とする条件付き債権として発生したと主張しました。
もしX社の主張どおりならば、X社は受取人固有の権利として共済金請求権を取得することとなりますので、Y農協は、Aに対する貸金請求権をもって相殺することはできません。
他方、もしY農協の主張どおりならば、Aが有していた共済金請求権をX社が遺贈により取得することとなりますので、Y農協は、Aに対する貸金請求権をもって相殺することができます。
裁判所(一審:さいたま地方裁判所川越支部平成24年1月23日判決。判例タイムズ1385号243頁)は、上記争点について、「共済契約上の共済金支払請求権は、支払事由の発生によって初めて生じるものではなく、共済契約の締結時に、将来、失効や解約等のなされないことを条件として発生する権利と解すべきである。…すなわち、共済金請求権は、同共済契約締結のときに条件付き権利として発生し、支払事由であるAの死亡によって具体的権利となり、同時に、本件遺贈によりXに移転するというべきである。」と判示しました。
そして、遺贈した旨の通知がY農協に対してなされる前に、Y農協はAに対する貸金請求権を取得し、かつ、相殺の意思表示もなされているとして、共済金請求権は相殺により全額消滅していると判断して、X社の請求を棄却しました。
X社は一審判決を不服として控訴をしましたが、控訴審はX社の控訴を棄却しました(東京高裁平成24年7月10日判決)。
保険金請求権は、保険事故(例えば、被保険者の死亡)の発生により具体的な請求権が生じますが、保険事故発生前に財産性が認められるかについて、議論があります。
多数説は、保険契約締結後に条件付きないし期限付き権利として発生し、その処分は可能であると解しており、実務上も保険金請求権に質権を設定することが認められているなど、財産性が存することを前提とした取扱いがなされています。
上記裁判の事案は共済契約に関するものですが、裁判所は同様の趣旨を述べています。
生命保険契約において、保険契約者が自己を被保険者とし、相続人中の特定の者を保険金受取人と指定した場合(いわゆる他人のためにする保険契約)、指定された者が固有の権利として保険金を取得することとなります(最判昭40年2月2日民集19巻1号1頁)。
すなわち、保険金請求権は遺産ではなく、受取人が固有の権利として取得することとなります。
他方、保険契約における死亡保険金の受取人が、もともと保険契約者(被保険者)自身とされていた場合(いわゆる自己のためにする保険契約)、この場合に保険金請求権が遺産であるか否かという問題があります。
この点について多数説は、保険金請求権は保険契約者に帰属し、その相続人が相続によって取得すると解しています(=被相続人の遺産となる)。
そのため、保険契約者が遺言で保険金請求権の受遺者を定めていれば、当該受遺者が保険金請求権を取得することとなります。
上記の裁判例も、共済契約に関する事案ですが、同様の解釈を示しています。
一方で、相続人が固有の権利として取得すると解する反対説もあり(=被相続人の遺産とはならない)、その理由として、保険契約者の意思を合理的に解釈すれば、相続人を受取人とする黙示の意思表示があったといえることを指摘しています。
他人のためにする保険契約の場合、質問のケースのように保険会社が保険契約者に対し別途の貸金債権を有していたとしても、相殺の問題が生じることはありません。
他方、自己のためにする保険契約の場合、相殺の問題が生じます。したがって、自己のためにする保険契約の保険契約者が生前に保険会社より別途借り入れをしている場合、のちに保険契約者が亡くなったときに、保険契約者の相続人あるいは保険金請求権の受遺者は、保険会社から相殺の主張を受けるおそれがありますので、注意が必要です。
質問のケースの場合では遺言者は保険金請求権を特定の者に遺贈していますが、同様の効果を生ずる方法として、また、結果的として相殺の主張を避けるために、端的に保険金受取人を特定の者に指定・変更するということが考えられます。
保険契約者が保険金受取人を変更するには、契約者自らが生前に変更手続を行うほか、遺言で受取人の変更を行うことができます(保険法第44条1項)。
かつて遺言で受取人の変更を行うことができるか否かについて議論がありましたが、保険法が改正され遺言で変更できることが明文化されました。
もっとも、遺言による受取人の変更は、遺言の効力が生じた後(契約者が亡くなった後)、契約者の相続人が保険会社に通知をしなければ保険会社に対抗することができません(同条2項)。
変更後の受取人が保険金を受け取るためには、速やかに通知をしておく必要がありますので、注意が必要です。