遺産全部の分割を2年間禁止する旨の審判がされた事例【名古屋家審令1.11.8】

弁護士

下田 俊夫

  • 1 遺産分割の禁止

     相続の開始後、共同相続人から遺産分割の調停または審判の申立てがなされた場合、家庭裁判所は、原則として遺産の分割を行います。もっとも、特別の事由があるときは、家庭裁判所は、期間を定めて、遺産の全部又は一部について、分割を禁止することができます(民法907条2項、3項)。なお、遺言者は、遺言によって、相続開始時から5年を超えない期間を定めて、遺産分割を禁止することができます(民法908条)。
     家庭裁判所が分割を禁止することのできる特別の事由については、①相続人資格の有無や重要な財産の遺産帰属性など、遺産分割の前提となる権利又は法律関係(いわゆる前提問題)に争いがあり、その解決を待つ必要がある場合(特別な事由の具体的な要件を判断した裁判例として、名古屋高決平15.3.17があります。)、②遺産の状態が債務を整理した後でないと分割に適しないとか、即時に遺産を分割するとその価値に著しい損害を及ぼすなど、遺産の即時分割を避けることが共同相続人全体の利益に資する場合などがあたるとされています。
     特別の事由に該当するとして、遺産全部の分割を2年間禁止する旨の審判がなされた裁判例について、以下に紹介します。

  • 2 事案の概要

     被相続人Aは、姪であるYと養子縁組した後、Yに対し全財産を相続させる旨の自筆証書遺言(第1遺言)を作成しました。その後まもなくして、被相続人Aは長男Bに対し全財産を相続させる旨の自筆証書遺言(第2遺言)を作成し、さらに長男Bの子Xらと養子縁組しました。
     被相続人Aが亡くなり(長男Bは前に死亡)、長男Bの子かつAの養子であるXらが、Yを相手方として遺産分割の審判を申し立てました。
     Xらは、第1遺言はこれと抵触する第2遺言により撤回された、第2遺言は長男BがAより前に死亡した場合には、Bの代襲者であるXらに全財産を相続させる趣旨のものであるから、Aの遺産は全てXらが相続すると主張しました。他方、Yは、第2遺言はBがAより前に死亡したことで効力を失い、その結果、第1遺言は撤回されることなく効力を維持するから、Aの遺産は全てYが相続すると主張しました。また、Xらは、第1遺言の無効確認等を求める訴訟を提起する旨の意向を表明し、その提訴を準備中としていました。

  • 3 裁判所の判断

     名古屋家庭裁判所は、「被相続人の遺産分割については、その前提となる本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等に関して当事者間に争いがあり、その効力等の如何によって、相続人の範囲や各自の相続分が大きく左右される状況にある。また、申立人らは、これらの争いを民事訴訟により解決すべく、その提訴を準備中である。このような状況下においては、当裁判所が本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等について判断の上で遺産分割審判をしたとしても、その判断が提起予定の訴訟における判決等の内容と抵触するおそれがあり、そうなれば、既判力を有しない遺産分割審判の判断が根本から覆されてしまい、法的安定性を著しく害することとなるから、本件第1遺言及び本件第2遺言の効力等に関する訴訟の結論が確定するまでは、遺産の全部についてその分割をすべきではない。」と述べて、当事者間の争いや提訴予定の別訴の内容等を考慮して別訴において結論が得られるまでの期間を見込み、向こう2年間、遺産全部の分割を禁止する旨の審判を下しました。

  • 4 コメント

     紹介した審判は、遺産分割の重要な前提問題について争いがあり、これについて別訴提起が予定されており、分割禁止とすることが相当とされる典型的事例に該当します。したがいまして、別訴が解決に至るまでの間、遺産分割の全部を禁止したのは相当といえます。
     なお、家庭裁判所の実務では、いわゆる前提問題に争いがあり、それに関する訴訟の結論を待たなければ適切な分割が実現できないという事案では、調停委員会又は裁判所から、一旦調停又は審判の申立てを取下げ、別訴の確定を待って改めて申し立てるよう促され、当事者もこれに応じて取り下げるケースが多く、紹介した事件のように審判にまで至る例は少ないです。