弁護士
下田 俊夫
被相続人が遺言を作成することなく亡くなった場合、被相続人の遺産を分割するためには、相続人間で遺産分割協議を行う必要があります。
民法に法定相続分が定められていますが、遺産分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮して行うとされており(民法906条)、各相続人の取得分を法定相続分どおりとしないこともあります。
例えば、長男に家業を引き継がせるために遺産の大部分を長男に取得させ、他の相続人の取得分を法定相続分よりも少なくしたり、極端なケースですと、事実上の相続放棄として、長男以外の相続人の取得分をゼロとしたりすることもあります。
共同相続人のうちに多額の税金滞納者がいて、滞納者である相続人に法定相続分を取得させても、結局は滞納税金の支払のために取られてしまうというときに、税金で取られるくらいなら、滞納者である相続分の取得分を法定相続分よりも少ない取得分とし、他の相続人の取得分を法定相続分よりも多い取得分とする内容の遺産分割協議を行おうとすることがあります。
しかしながら、このような場合、法定相続分よりも多く遺産を取得した相続人に第二次納税義務(無償又は著しく低い額の対価による譲渡等の譲受人に対する第二次納税義務。国税徴収法39条)が課せられることがありますので、注意が必要です。
この点について争われた裁判として最一小判H21.12.10がありますので、紹介いたします。
判決全文は以下に掲載されています。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/248/038248_hanrei.pdf
事案は、被相続人が遺産約2億円を遺して亡くなり、相続人は妻、長男、二男の3人であるところ、妻は国税を約11億円滞納していたため、法定相続分よりも少ない1990万円余(遺産の10%弱)を取得し、他方、長男は1億2700万円余(遺産の約63%)を取得するという遺産分割協議を成立させたところ、税務当局が、長男が遺産分割協議により法定相続分を超える財産を取得したことは、国税徴収法39条が規定する財産の譲渡、処分にあたるとし、長男に対し、長男の受けた利益を限度として、第二次納税義務を負う旨の処分をしたところ、長男が、遺産分割協議は国税徴収法39条が定める財産の譲渡、処分にあたらないなどと主張して、処分の取り消しを求めて提訴したというものです。
争点は、遺産分割協議が国税徴収法39条にいう「その他第三者に利益を与える処分」に該当するか否かでした。
長男側は、滞納者が相続放棄をし、結果として第三者たる他の相続人の相続分が増えても国税徴収法39条の要件には該当しない、滞納者が積極的に固有の財産を他に譲渡した場合はともかく、相続放棄や遺産分割協議などの身分行為により消極的に他から遺産を取得しない場合にまで国税徴収法39条を適用するのは許されないなどとして、遺産分割協議は「その他第三者に利益を与える処分」に当たらないと主張しましたが、裁判所は、一審、控訴審とも、原告側の主張を排斥しました。
長男は上告受理の申立てをしましたが、上告審は、「遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させるものであるから、国税の滞納者を含む共同相続人の間で成立した遺産分割協議が、滞納者である相続人にその相続分に満たない財産を取得させ、他の相続人にその相続分を超える財産を取得させるものであるときは、国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に当たり得るものと解するのが相当である。」と判示し、結論として長男側は敗訴しました(最一小判H21.12.10判タ1315号76頁)。
最高裁の判断は、あくまでも遺産分割協議が国税徴収法39条にいう第三者に利益を与える処分に「当たり得る」とするものであり、遺産分割協議であればどのような内容であっても第三者に利益を与える処分に当たると判断したわけではなく、個別具体的な事案によっては当たらないこともあると解されています。
どのような内容の遺産分割協議であれば、第三者に利益を与える処分に当たらないといえるかについては、具体的な判断基準・判断要素が示されたわけではありませんので、共同相続人の中に多額の税金滞納者がいるという場合、当該滞納者の取得分を法定相続分よりもかなり少なくし、他方、他の相続人の取得分を法定相続分よりも多くする遺産分割協議を行おうとするときには、特段の事情のない場合、法定相続分よりも多く取得する相続人に第二次納税義務が課せられるおそれがありますので、慎重に遺産分割協議を行う必要があります。