弁護士
下田 俊夫
共同相続人の中に被相続人から生前、あるいは遺言によって何らかの特別の財産を受けた者がいる場合に、残された遺産を単純に法定相続分どおりに分けると共同相続人間で不公平が生じます。
これを是正するための制度が特別受益です。
ある相続人が被相続人から受けた特別の財産は、当該相続人が遺産分割にあたって受けるべき財産の前渡しを受けたものとして扱われ、当該特別の財産の価額を遺産に加算して計算します。
このように当該特別の財産を遺産に含めることを「特別受益の持戻し」といい、特別受益を持戻して計算した遺産を「みなし相続財産」といいます。
例えば、被相続人Aの相続人が妻Bと子Cの二人で、遺産は8000万円、BはAから生前に2000万円の贈与を受けていたとします。
この場合、みなし相続財産は1億円となり、BとCの相続分は各5000万円となります。
もっとも、Bは生前に2000万円の贈与を受けているので、これを差し引くと具体的な相続分は3000万円となり、他方、Cはそのまま5000万円を取得することになります。
被相続人が遺言などで、例えば「妻に与えた特別受益は除外して遺産分割を行って下さい。」などといった指定をしていると、他の共同相続人の遺留分に反しない限り、その特別受益を相続財産に含めて遺産分割を行う必要はありません。
これを「特別受益の持戻しの免除」といいます。
上の例でいいますと、Bは生前に2000万円の贈与を受けていますが、Aが特別受益の持戻しの免除をしている場合、これをみなし相続財産に含めなくてもよいので、結局のところ、遺産8000万円をBとCは4000万円ずつ取得することになります。
持戻免除の意思表示の方式は、生前贈与の場合には、特別の方式を必要とせず、明示でも黙示でもよいとされています。
これに対し、遺贈の場合には、遺言によってされなければならないという見解(遺言必要説)と、生前贈与と同じく黙示の意思表示でもよいとする見解(遺言不要説)があります。
この点に関して、遺言による特別受益不動産の取得について、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示が認められるか否かが争われた事案で、大阪高裁平成25年7月26日決定(判例時報2208号60頁)は、
「特別受益は本件遺言によるものであるところ、本件遺言には持戻免除の意思表示は記載されていない上、仮に遺言による特別受益について、遺言でなくとも持戻免除の意思表示の存在を証拠により認定することができるとしても、方式の定められていない生前贈与と異なり、遺言という要式行為が用いられていることからすれば、黙示の持戻免除の意思表示の存在を認定するには、生前贈与の場合と比べて、より明確な持戻免除の意思表示の存在が認められることを要すると解するのが相当である。」
と述べて、遺言必要説と遺言不要説のいずれを採用したのかははっきりしませんが、結論として、被相続人の黙示の持戻免除の意思表示の存在を認めませんでした。
個別の事案の内容にもよりますが、遺贈の場合、上記大阪高裁決定が指摘するように、黙示の持戻免除の意思表示の存在は認められにくいため、もし遺言で特定の相続人に財産を遺贈するという場合、持戻免除の意思表示もあわせて行っておく必要があります。
なお、遺言で全ての相続財産の分割を指定している場合には、共同相続人間での遺産分割を要しませんので、持戻免除の意思表示を行う余地はありません。
特別受益の持戻しや持戻免除の意思表示は、そもそも遺言のない場合や、遺言があっても相続財産の一部だけしか分割の指定をしていない場合に問題となる事柄ですので、全ての相続財産について分割を指定する内容の遺言を書いていれば、持戻免除の意思表示をあわせて行う必要はありません。