弁護士
篠田 大地
高齢の夫婦の場合、夫が、子供に全財産を相続させるという遺言を残して、妻より先に死亡してしまうケースもあるように思います。
そして、このようなケースにおいて、残された妻に事理弁識能力がないため、妻が遺留分減殺請求権を行使できないというケースもあるように思います。
遺留分減殺請求権は、相続の開始及び減殺すべき贈与または遺贈があったことを知った時から1年間が時効期間ですので(民法1042条)、遺留分減殺請求権を行使しないままに1年間を経過してしまうと、妻の遺留分減殺請求権は消滅してしまうことになります。
このような場合、時効期間内に妻に成年後見人が選任されていれば、成年後見人が遺留分減殺請求権を行使することが通常であると思います。
また、成年後見開始の審判がなされたものの、成年後見人が辞任するなどしていないために時効期間を徒過した場合にも、新たに成年後見人が就職した時から6ヶ月間は、時効が停止するため(民法158条)、この期間内であれば遺留分減殺請求権を行使することが可能です。
それでは、時効期間内に成年後見開始の審判がなされていないものの、妻が事理弁識能力を欠いていた場合、まったく遺留分減殺請求権は行使できないのでしょうか。
以下では、このようなケースにおける時効停止について判断した平成26年3月14日最高裁第二小法廷判決をご紹介いたします。
判決全文は以下に掲載されています。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/040/084040_hanrei.pdf
被相続人である夫は、平成19年1月1日、遺産のすべてを長男(被上告人)に相続させる旨の遺言をしました。
そして、夫は平成20年10月22日に死亡しました。相続人として、妻(上告人)、長男(被上告人)を含む4人の子がいましたが、妻(上告人)は、夫の死亡時において、夫の相続が開始したことと遺言の内容を知っていました。
次男他は平成21年8月5日、妻(上告人)について成年後見開始の審判申立を行い、平成22年4月24日に後見開始の審判と成年後見人選任審判が確定しました。
そして、平成22年4月29日、成年後見人は遺留分減殺請求権を行使し、その後、長男(被上告人)に対し、遺留分減殺請求訴訟を提起しました。
以上の事例では、遺留分減殺請求権は、妻(上告人)が夫の死亡と遺言の内容を知った平成20年10月22日から1年後である平成21年10月22日に時効期間が満了するのが原則です。
そして、後見開始の審判がなされたのが平成22年4月24日であり、平成21年10月22日時点では成年後見開始の審判がなされていなかったため、民法158条の要件を満たさず、時効の停止にもなりません。
第1審、控訴審では、長男(被上告人)が勝訴しましたが、最高裁は以下のように述べ、これを破棄して差し戻しました。
「時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にある者に法定代理人がない場合において、少なくとも、時効の期間の満了前の申立てに基づき後見開始の審判がされたときは、民法158条1項の類推適用により、法定代理人が就職した時から6箇月を経過するまでの間は、その者に対して、時効は、完成しないと解するのが相当である。」
以上の判例を整理すると、以下のようになります。
遺留分減殺請求権の時効満了時に成年後見開始の審判がなされていなくとも、
①遺留分権利者が、時効の期間の満了前6箇月以内の間に精神上の障害により事理を弁識する能力を欠く常況にあること
②時効の期間の満了前に後見開始の申立てがなされ、当該申立てに基づき後見開始の審判がなされたこと
という要件を満たす場合には、民法158条1項の類推適用により、成年後見人が就職した時から6箇月を経過するまでは時効が停止し、遺留分減殺請求権を行使することができる
したがって、今後は、遺留分権利者が、事理弁識能力がないために、相続の開始と遺言書の内容を知ってから1年以内に遺留分減殺請求権を行使することが難しい場合にも、時効期間満了前に後見開始の審判の申立てをしておくことをおすすめします。
このような手段を講じておけば、後に成年後見人が就職してから、遺留分減殺請求権を行使することが可能になります。
なお、上記の要件のいずれかを満たさない場合に、民法158条1項の類推適用が絶対に認められないかどうかは、まだ判例の結論が出ていません。特に、②の時効の期間満了前に後見開始の申立てがなされたという要件については、事例によっては、これを満たさなくとも、民法158条1項の類推適用が認められることもあるかもしれません。